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14 登り窯(3)

「小役人。二日間よく働いたな。これで助役が町長になれば観光課長間違いなしだ」
夕闇の迫った登り窯の前で陶芸屋が村木をからかう。
「先輩はひどいことを言いますね。僕はそんな下心なんかないですよ」
「下心のないやつが、夏休みまでとって重労働をするはずがない。しかし、まあいい、お陰で一日早く窯詰めが終わった。もっとも、作品の数が少ないから四の間は空いたままだ。効率が悪いけど仕方がない。小役人はこれで帰って、明後日の夜明け前に来てくれ。攻め焚きで忙しくなるから絶対来いよ」
「分かりましたよ。人使いが荒いんだから。もうくたくたですよ。先に帰らせてもらいますね」
疲れ切った足取りで帰る村木の背に、陶芸屋の冷やかしが飛んだ。
「課長になったときのことを考えて、堂々と歩け」

陶芸屋と緑化屋は焚き口の前に座り込んだ。
「今夜から焚き始めるのか」
「うん、さっき助役に電話を入れた。十一時には来るそうだ。火を入れるのは一時ころになりそうだな。どっちみち夜やるしかないんだからな」
「そうだな、作品はうまくいきそうか」
「分からない。できるだけのことはやった。陶芸は火の芸術と呼ばれるくらい窯焼きが大事だ。素人と一緒に焼くのは初めてだから、作品は分散して窯詰めした。できれば、力を入れた大皿だけでも何とかしたい。でも、俺の窯が火葬場になるなんて思っても見なかった」

「陶芸の道に反しないのか」
つまらないことを聞いたと緑化屋は思ったが、気にした風もなく陶芸屋が答える。
「陶芸の道より人の道が大事だ。その人の道に外れたことをしようというのだ。陶芸など、とうに吹っ飛んでしまっているよ。後はいっそのこと、焼き上がった作品に魔が乗り移ってくれればいいと思うだけさ」
陰鬱な顔で言った陶芸屋が立ち上がり、焚き口の前を竹箒で掃き始めた。
「いつもは、しめ縄を張り、御神酒で清めるのだが、今度はそうもいくまい」
寂しそうな言葉が洩れた。しかし、もう選び取ってしまった道だ。緑化屋も立ち上がり、自分の車の方に向かった。
「十一時に来る」
振り返って、腰を屈めて箒を使う陶芸屋に声をかけた。
「ああ」
下を向いて答えた陶芸屋の顔の横で、登り窯に添って植えた向日葵の大輪の花が黄金色に輝いていた。


真夜中に出て行った車のエンジン音が三十分後に戻って来た。
Mはベッドから下りて、窓から外を見下ろす。外灯の下に装甲車のような四輪駆動のトラックが止まっている。左右のドアが開き、陶芸屋と緑化屋、助役の三人が降り立つ。
Mは足音を立てぬようにして階段を下り、裏口から裸足で外に出た。素っ裸の身体を、ねっとりした夜気が包む。車から三メートルほど離れた、張り出したアトリエの壁の陰にたたずむ。
空を見上げると月はなく、中天に大きく銀河が流れていた。

男たちがトラックの荷台の蓋を下ろす物音が響いた。荷台に目をやると、赤と黒の布に包まれた二つの遺体が横たわっている。布はMと町医者の奥さんで用意し、男たちに持たせたものだ。外灯の青い光の中でも赤と黒のコントラストが鮮やかだった。
カンナと産廃屋の死装束に相応しい色合いだとMは思った。赤と黒を配した旗は、絶対自由を求めて戦ったスペインのアナキストたちのシンボルだった。自らの責任と人格だけを頼りに戦って死んだ二人に、ぴったりの配色だ。それにしても私は今、何をしているのだろうとMは思ってしまう。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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