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13 通坑道-3-(6)

喧噪を背に、Mはぼつんと点る入り口の明かりに向けて歩いて行った。
鉄の潜り戸を出ると、まぶしい夏の光と熱気が裸身を包み込んだ。
日は山の端に隠れていたが、渓谷の先には真っ青な空が広がっていた。湿った熱気が冷えた肌に心地よく、思い切り吸い込む外気には木々の香りがした。
この美味しい大気を二度と吸うこともなく、暗い坑道の中で死に果てたカンナのことを思うとまた涙が出た。カンナが最期に吸った股間がしくしくと痛んだような気がした。

Mは警察の番号をダイヤルしようと、感度の良さそうな場所を捜した。
渓谷を見下ろす鉄橋の上に行こうとしたとき、カーブを曲がって姿を現した白いスバル・サンバーがベンツの前に止まった。ドアが開き、紺のスーツの助役と作業服の緑化屋が降り立つ。
どうやら、オールキャストが勢揃いするようだった。
赤錆びた鉄橋を身軽な動作で渡ってMの前に立った助役は、素っ裸で無毛の頭部を晒した異様な姿にも驚いた顔一つ見せない。後に続く緑化屋が、大きく口を開いて驚きの声を呑み込んだ。

「Mさん。今日は特別にお美しい。まるで仏様のようだ」
助役が感動した声で言った。
「ええ助役さん、きっと私が殺した人の美しさまで乗り移っているのでしょう」
「そうですか。そうかも知れませんね。ところで、どこに電話をしようというのです」
眉一つ動かさずに静かな声で尋ねた。
「人を殺したのですから、警察を呼ぶつもりです」
「Mさん。何をうろたえているのですか。うろたえる必要などない。私が来たのです」
「別にうろたえてなどいません。人を殺したのだから、当然するべきことをするのです」
「共に生きる人のために、人は人を殺すものです。昔からそうでした。驚くほどのことではない。電話を私に渡しなさい」
「いやです。私は私のしたいようにします」
「Mさん。勘違いをしてしまっては困ります。もう、あなたは独りで生きているのではない。私もあなたと共に生きることになったのです。だから、私はここにこうしているのです。渡しなさい」

強い口調で言った助役が、Mの手から携帯電話を奪った。Mは抵抗できなかった。
産廃屋の足にしがみつく祐子と、銃声の轟く坑内に飛び込んで来た修太の姿が、目まぐるしい速さで脳裏に浮かんで消えた。
助役の言ったように、もはやこの町では、独りで生きられないのかもしれないと思ってしまう。

助役がその場で携帯電話を発信した。
「助役だ。土木課長を呼びなさい。課長、元山沢に通じる道路を入り口ですぐ封鎖しなさい。落石事故の恐れがある。厳重に封鎖するのです。これは助役命令です」
きびきびとした助役の命令を耳にしながら、Mはどっと疲れが湧いて出るのを感じた。
どっしりとした足取りで助役が通洞坑に向かう。後に続く緑化屋がMにバスタオルを手渡した。まるで、助役の秘書のように見える。
何か得体の知れない大きなものが、元山渓谷一体をじわじわと被い込む気配が感じられた。

「やはり死んだ者は損なのだ」と、安らかだったカンナの死に顔を思い出して、Mはそっとつぶやいた。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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