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1 命門学院(2)

祐子は、背が高いことと、彫りの深い大人びた顔が、目立ちすぎて嫌いだった。特に、同じ制服を着た少女たちの中では周囲の注目を集めた。早く制服のない高等部に進学したかったが、まだ一年近く先のことだ。祐子には一日でさえ、十分長く感じられる。

急な坂を越えると、なだらかな道の先に美術館が見えてくる。確か、性と死を描いた作品だけを集めた企画展が始まっているはずだった。人目を引くようなポスターが張り出されているわけでもないのに、むず痒い不潔感が喉元にこみ上げてくる。そっと息を吐くと、言い知れぬもどかしさで全身が震えた。時の流れが遅すぎるのだと思う。

鬱屈した気持ちに任せ、路上の小石を力いっぱい蹴った。乾いた音を立てて転がっていった小石は、美術館の前で止まった。
駐車場から凄い速度で出て来た赤い車が、その小石をタイヤで跳ね上げる。低いエンジン音が、山裾の雑木林に響き渡った。

直進して来た車が急ブレーキをかけ、祐子の横に運転席が並んだ。

「祐子じゃない。久しぶりね」
オープンにした真っ赤なMG・Fから、明るく女性の声が響いた。心持ち小首を傾げた懐かしい笑顔を運転席に認め、即座に祐子の表情が輝く。
「Mはいつも素敵ね。車を替えたの」
「三年生になったらお世辞が上手くなったわね。この車は借り物よ」
アイボリーのスーツ姿のMが、長い髪を風に揺らせながら楽しそうに応えた。
「どこへ行くの。家と反対じゃない。美術館に来たの」
「山の下の老人ホームに行くんです」
「そう、送っていくわ」
Mは一瞬美しい眉を寄せ、怪訝そうな顔をした。そのままMG・Fをスタートさせ、五メートル先で見事なスピンターンを決めて戻って来る。
「さあ、乗りなさい」
祐子が乗り込むと直ぐ、車はスタートした。しかし、いつものMに似ず、急な加速をしない。路上に張り出した緑濃い枝の下を、ゆっくりと坂を登って行く。

「老人ホームに何の用があるの」
少し走ってからMが訊いた。
「鉱山の町の弦楽五重奏団を覚えてますか」
「もちろん覚えているわ。あなた達と裸になって御神輿を担いだとき、モーツァルトを演奏してくれたよね。あの時の痩せっぽちの裸んぼが、こんなに魅力的な女になっちゃうんだから、私も年寄りの仲間入りかな」
祐子の頬が赤く染まった。
「あの時の第一ヴァイオリンのお婆さんが、老人ホームで病気になったんです。町役場の村木さんが手紙で父に知らせてくれたんだけど、父はこのところずっと都会暮らしで帰ってこられないの。週末は母も父の所に行くから、私が代わりにお見舞いに行くんです。Mの所へは連絡がなかったのね」
「そう。中央官僚のお父さんを持つと大変だね。私はしばらく家に帰ってないから、手紙が来ても読めないのよね」

祐子は首を曲げて、Mの横顔をまじまじと見てしまった。
「あんまり見つめないで。私はいつもと同じよ」
確かにMの言う通りだと祐子は思った。Mは、自分の暮らし方はいつも自分で決めるのだ。羨ましさが、胸をよぎった。
「Mは変わらないのね」
「どうしたの、しんみりした声を出して。私だって変わっていくわ。きっと祐子の時間が目まぐるしく過ぎて行くから、私の変化に気付かないだけよ。その証拠に、祐子は凄く美しくなったよ。これからもどんどん変わっていった方がいい。姿だけでなく、考え方や、感じ方も。止まってしまうと、その若さで腐ってしまうよ」
「ええ、私は変わっていくみたい。みんな遠くなっていってしまう」
「寂しそうな声を出さないの。懐かしく思いさえすればいいことよ。修太はどうしているだろうね」
「知らないわ」
「同じ中等部の光男には、毎日会うでしょう」
「顔を見掛けるだけだわ」
「そう。話に乗ってこないのね。三年前の夏、六年生の裸んぼの時、光男は祐子のことを好きだったのよ。少女になり掛けの裸を、眩しそうに見ていたわ。知ってた」
「知っていたわ。でも、あのころの話はしたくないの。話されるのも嫌。もう、ずっと遠い昔のことのような気がする」
「あなたが何に反発するのか知らないけど、過去のことを悔やむのはとても悲しいことよ。今の祐子は、あの時よりずっと美しくなっているのだから、それを用意してくれた過去も好きになれるといいね」
「私は美しくなんかない」

突然の大声が、Mの耳を打った。
変わらないのは祐子の方だとMは思う。知識や意識、認識する能力など、自分自身をコントロールする力が、身体の成長に追いついていけない不器用な少女が助けを呼んだのだ。急に、まだ少女になり掛けだった、小学校六年生の祐子を懐かしく思い出した。瑞々しい裸身に、萌えだしたばかりの陰毛がとてもいじらしかった。あの時と比べ、ほとんど変わっていないとさえ思えてしまう。胸の奥がキュッと熱くなった。まるで、祐子の保護者になった気分だ。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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