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12 助役(2)

手持ちぶさたの陶芸屋が、教壇の所まで入ってきた。
教卓の上に残された白いワンピースとショーツ、ブラジャーの残骸にじっと見入っている。いずれの布も鋭利な刃で鋭く断ち切られていた。
床に目を落とすと、糞尿の溜まった汚れが見える。
「掃除しておいてやろうか」
陶芸屋が小さな声で言うと、即座に修太が応える。
「見ない振りをしていればいいんだ。センセイがいたたまれなくなってしまうよ」
「いつの間に、そんなに気が回るようになったんだ」
感心したように陶芸屋が訊く。
「人の痛みを分かろうとしているだけさ。それより、早くMを助けに行こうよ」
「センセイが待っていてくれと言ったんだ。それにMは大人だから心配ないさ」
「でも、眉なし女と産廃屋がいる」
「眉なし女と格闘して、Mが勝ったって言ったじゃないか。産廃屋は現れはしないさ。自分で墓穴を掘るような真似は、やつはしない」
「そうだ、Mは警察を呼べっていったんだ。忘れていた。すぐ警察に電話しなければ。センセイの電話で父ちゃんが事情を話してくれよ」
修太が先に立って教室を出る、走るように廊下を急ぎ、センセイの居住区に続く角を曲がった。

ちょうど、センセイが部屋のドアを開けて出て来たところだった。洗い髪に白いバスローブを着ている。
「センセイ。電話を貸してください。警察を呼ぶんです」
修太が早口に言うと、センセイはまた部屋のドアを開けた。
「二人とも入って。先ず、今までの経過を良くセンセイに聞かせて欲しいの」
センセイの部屋にしか電話はない。修太は躊躇なく部屋に入った。陶芸屋が修太に続く。
センセイの部屋は八畳ほどのワンルームだった。バス、トイレ、キッチンが使い良さそうに配置されていた。造りは古いが、今時のアパートより余程立派に見える。エアコンが効き始めていた。クーラーのない陶芸屋のアトリエより住み易そうだった。

三人は部屋の中央で立ったまま話した。センセイの尻の傷が痛んで座れなかったのだ。
通洞坑の闇の中で体験してきたことを、修太が興奮しながら話し終えた。
「祐子さんと光男さんが、二人きりでいるのが気掛かりだけど、もう心配はなさそうね。先ず、二人を保護することが先決です。ご苦労でも、陶芸屋さんが通洞坑に行って、入り口の錠を破って坑道に入ってください。その方が、山を回るより近道でしょう。Mさんが坑道にいます。抜け穴の場所は彼女が知っているのでしょう。二人で協力して光男さんと祐子さんを坑道に呼び入れ、連れ帰ってください。警察への通報は子供たちを確実に保護してから考えましょう。あまり産廃屋たちを刺激すると予期せぬ事故が起こらないとも限りません」
センセイが威厳に満ちた声で決断を下した。修太も従うしかなかった。これが学校の生活なのだ。

「センセイ。俺も父ちゃんと行っていい」
「いいでしょう。でも、お父さんのいうことをよく聞くのよ。それから、ここでシャワーを浴びてから行くこと。体中、汗と埃で汚れているわ。いいわね」
「はい」と修太が答え、センセイの浴室に入っていった。ここは学校なのだ。センセイが赤く腫れ上がった笞打ちの痕を隠してしまった以上、つい数時間前に教室で荒れ狂った暴力の記憶も、まるで無かったことのように思えてくる。
センセイの威信が学校に甦ったのだ。

シャワーの音を聞きながら、センセイは話を続ける。
「祐子さんと光男さんの保護者には今、電話で簡単に事情を説明します。帰りが遅いので心配するといけませんからね。先ず、祐子さんのお父さんの携帯電話にかけてみましょう。ヘリに乗っていれば電波が届くと思います」
陶芸屋の同意も待たないで机の上のコードレスの電話を取り、壁に貼った名簿の番号をダイヤルする。
しばらくの呼び出し音の後、雑音のひどい音声が聞こえてきた。
「ええ、そうです。祐子さんが産廃屋の秘書役に拉致されました。しかし現在、無事逃げ出して安全な所に隠れています。これから修太さんのお父さんが保護に向かいますからご安心ください」
同じような電話を町医者の奥さんにもかけた。鮮やかな手並みだ。そばにいる陶芸屋はあっけにとられるばかりだ。仕事ができる女とは、センセイのような女なのかと思う。今更ながら世間知らずを恥じた。

浴室から出た修太が、バスタオルを腰に巻いてセンセイの前に立った。
「どこに電話したの。警察」
「違うわ。祐子さんと光男さんの家族に経過を説明したの。それから、陶芸屋さん。光男さんのお祖母さんが、ご一緒したいと言うの。立ち寄って、乗せて行ってください」
「大丈夫かな」
修太が不安そうな声を出す。
「産廃屋のことが心配なのね。真っ昼間から乱暴なことをしたら、それこそ後の祭りよ。それにたくさんの人が行った方がいいわ。私も行きたいけど、ちょっと無理ね」
散々笞打たれて赤く爛れた尻が、バスローブの生地に触れて痛んだ。これは予期せぬ事故なのだと、懸命に思い込もうとした。

「そうだ。修太さん、これを持っていって。携帯電話よ。元山沢は市に向かって開いているから電波が通じるはずよ。何かあったらすぐ電話して、いいわね」
机の引き出しから取り出した、ケースに入った携帯電話を修太に手渡す。修太が紐を長く伸ばして、肩から斜めに携帯電話を吊った。
「じゃあ、行って来ます」
陶芸屋と修太が部屋を出る。センセイは廊下に出て二人の背を黙って見送った。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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