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- 2011/09/06/Tue 15:00
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- 第6章 -強奪-
「戦争が始まるのよ」
うっすらと煙の上がる銃口を下げ、広間を振り返ってMが告げた。
「そう、Mの言うとおりよ。シュータに集結したすべての者が、各人の滅びを彩るために信仰をかけた戦争を始めるの。もう遊びは終わったわ。新しいステージがこれから始まる」
弥生の透き通った声が静かに雪原を流れていく。厳粛な寒さが空間を圧していった。
「よしっ、やろう」
ピアニストの決断の声が広間に響いた。
「それぞれが目的意識を持って、ともに戦えばいい。結果は努力の質と量に比例してついてくるだけだ。二十億円に賭けてみよう」
ピアニストが言葉を続けた。初めて手を汚す決心をしたのだ。マラソンの他にも先頭を切れることを証そうとしている。横に立つ弥生の身体が微かに震えた。感動の震えに違いないとMは思った。
「やっとピアニストが決断をしてくれた。私も来たかいがあったよ」
喜びを押さえた低い声が流れた。スーツをきっちり身に着けた飛鳥が、青年たちの後ろから歩み出た。ピアニストの前に立って言葉を続ける。
「今のところはインターネットを使った攪乱が功を奏しているようだ。マークされていない幹部が都会で発信を続けているため、警察の目は都会を向いている。でも暖かくなれば山に人が入る。これだけのアジトが見付からないはずがない。必ず警察が来る。投降するか、撃ち合いになるしかない。もうピアニストたちに行き場所はないんだ。私の提案だけが未来に希望を繋ぐ。理解してもらって本当にうれしいよ」
もったいを付けた飛鳥の話を、睦月のかん高い声が遮る。
「オシショウ。シュータが強盗を働いてもいいのですか。二十億円も強奪するんです。悪いことに決まってる。オシショウ、私たちは善を選ぶべきでしょう。教えてください」
睦月の横に立った修太が大きく首を縦に振った。シュータの青年たちも一様にうなずく。
「オシショウ、教えてください」
黙ったままピアニストの横に立つオシショウに、修太が悲痛な声で尋ねた。オシショウが腕組みを解き、長い髭で縁取られた口を開く。
「私は常々教えておいたはずだ。信仰に善悪はない、ひたすら滅びを惜しまれる道を進めとな。信仰の薄い者だけがいまわの際で迷い、戸惑うのだ。ひたすら自分を鍛え、社会を鍛えるのだ。盗人のどこが悪い。人殺しのどこが救われない。善悪の彼岸から見れば、すべてが逆立ちして見えることがある。それが信仰なのだ。それが滅びだ。惜しまれる努力だけに希望がある」
Mは詐欺師の臭いをまた嗅いだと思った。空しい説法で消極的にピアニストを支持したに過ぎなかった。どんな思惑がオシショウの長い髭の下に隠されているか分からなかった。隣にいる弥生はオシショウの演説に耳を傾けようともしない。まなじりを決した目で、じっとピアニストを見つめている。弥生の信仰は、師を越えた時空に昇華してしまったようだ。黙り込んでしまった修太たちに追い打ちを掛けるように飛鳥が口を開く。
「これで決まった。私のプロジェクトを進める以外に未来はない。だが、詳しい計画を教える前に、一つ条件がある。プロジェクト・リーダーがピアニストでなければ、私は下りる。子供とは一緒に組めない」
修太の顔が真っ赤に染まった。シュータに全責任を負わせるといった飛鳥の要求がエスカレートしたのだ。手を汚すことのなかったピアニストが追い詰められていく。テロリストの顧問が、一挙に強盗団の首領にならなければならない。
「僕がやろう」
簡単に答えたピアニストの声は明るかった。
「弥生。僕にも銃を持ってきてくれ」
声にはじかれたように、弥生が食堂に駆け込んで行った。頬を上気させて戻り、ベレッタを入れたフォルスターをピアニストの肩に吊した。Mはこれまで、愛が信仰に変わる姿も信仰が愛に変わる姿も見たことはない。確かな官能の揺らめきだけを信じてきた。しかし弥生の生き方は、まったく新しいステージにMを立たせようとしている。胸の底が妙に波立ってならなかった。