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9.強盗団(3)

ズガガガッーン

ピアニストがベレッタを連射する轟音が響き渡る。真っ白な雪原に銃弾が吸い込まれていった。
昼になって溶けだした雪道を極月と文月がパジェロで下っていった。後ろの座席には一週間後の再訪を約した飛鳥とオシショウが収まっている。飛鳥の満足しきった笑顔が卑猥に見えるほど印象的だった。残った者は皆、精力的に簡易水道の修復に熱中した。翌日、皐月と水無月の二人がアジトに加わった。途端に作業がはかどる。目標が決まった組織は現金なものだ。四日後の夜明け前、卯月と霜月が仕掛けた爆薬が最後に残った巨岩をものの見事に破砕した。砕け散った破片を二日掛かって運び出し、水道が復旧した。蛇口から溢れる水に歓喜して六日振りの風呂を全員が堪能した。


三月になると、急に暖かな日が続いた。ハコヤナギの裸の枝で綿毛のようにふさふさした花が咲き始めている。飛鳥の計画に基づく現金強奪訓練も、全員で模擬演習に力を入れるまでになっていた。

「ダメッ、五秒も遅れている。やり直しだ」
ピアニストの叱声が草原に響いた。走ってスタート地点に戻ってきた霜月の巨体が肩で息をしている。新たにアジトに加わった水無月が荒い息づかいで戻ってくる。背中に背負ったザックが重そうだった。百三十メートルの全力疾走をもう三回も繰り返している。

「生還したかったら、もっと早く走れ。今のままでは二人とも爆風で死ぬ。ここで二人死んでも計画に支障はない。だが、生き残ろうという執念が何よりも大切なんだ」
ピアニストが二人を前にして苛立った声を出した。首から下げたストップウォッチが不規則に揺れる。まるで陸上競技のコーチのようだ。見守っている全員に心地よい緊張が伝わっていく。

二十億円の現金を強奪するための訓練が始まって一週間が経っていた。本番までもう十日もない。基本計画は飛鳥が持ってきたパソコンのシミュレーションどおりだ。全員が何回となく画面を見て、計画の流れを頭にたたき込んであった。シミュレーションの画面では、コンピューター・グラフィックで描かれた競艇場の縮尺図に沿って、時間を追って計画が進んでいく。さすがにハイテク・ゲーム機メーカーの逸材飛鳥が作ったシミュレーションだった。ゲームをしているのとまったく同じ感覚で強奪計画が頭に入る。テレビゲームで育ったシュータのメンバーにはぴったりの教え方だった。哲学的に善悪を考える必要もない。必要がないというより、ゲームの面白さが思考を越えていた。後はゲームで展開するシーンを実際に人がやってみるだけだった。

「弥生、M。最初の爆破シーンを二人に代わってやってみてくれ。霜月と水無月はよく見てスピードと要領を覚えるんだ」
ピアニストに命じられたMと弥生がスタート位置についた。二人の目の前の枯れ草に覆われた荒れ地が、スタートの合図とともに競艇場のコンクリート通路に変わる。Mはコンピューター・グラフィックで展開されたシナリオを脳裏に再現してみた。

突入班の霜月と水無月は、五秒間で地下通路に侵入するドアの錠を開ける。続いて二人で全力疾走を始める。七十メートルを走って直角に左に曲がり、三十メートル走る。すぐ立ち止まってエレベーターの横に爆弾をセットする。所要時間は三十秒間。また三十メートルの直線を全力疾走し、直角に曲がる。大きな爆発音が響き、すんでの所で二人は爆風をかわす。走りながらフォルスターからベレッタを抜き取り、侵入ドアの前に待機した三人と合流して警備陣を切り抜けるのだ。よくできたシナリオだったが、空しさが募る。何よりも生活感がなかった。エレベーターの速度を基準に作られた、ただのゲームに過ぎない。突入班には爆弾を破裂させる権限が与えられていないのだ。爆破は遠く離れた場所で、強奪班がリモートコントロールで操作する。突入班が首尾よく通路を直角に曲がることができずに爆風に巻き込まれたら、彼らにとってはゲーム・オーバーということだ。再スタートをするかエントリー・キャラクターを変えるしかない。だが、実際のゲームでは再スタートもメンバーチェンジもない。死者は見捨てられ、ゲームは続くのだ。柔軟性のない冷酷な計画と言えた。常に移り変わる現実に目をつむっているのだ。

Mは空しさを抱えて冬枯れの荒れ地を駆けた。ただ弥生に遅れないことだけを考えていた。爆発物をセットする演技で荒れ地にしゃがみ込むと、足元にタンポポの蕾が膨らんでいた。五センチメートルほど伸びた貧弱な茎を支えるために、大きな葉が円形に並んで地面に張り付いている。もうじき黄色の花が咲く。確実に時が流れ、春は近いのだ。Mと弥生がゴールすると全員が拍手で迎えた。霜月と水無月も手を叩いている。明るすぎる雰囲気がMを不安にさせる。慎重居士のピアニストまでやけに明るかった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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