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10.現金強奪(6)

「援護するから、非常階段を下りて救急車に乗り込め」
マガジンを入れ替えたベレッタを構えて、ピアニストがコンテナの陰から叫んだ。Mは躊躇する弥生の手を取って、一緒に階段を駆け下りる。目の下の闇で、ようやくコンテナの積み込みが終わった救急車が赤色灯を回転させている。高所作業車から飛び降りた修太が救急車の後部ドアに走った。飛び乗りざまドアを閉める。途端に救急車が発進した。

「待ってっ」
やっと非常階段を下りきったMと弥生の叫びをサイレンがかき消す。救急車は西側ゲートに向けて疾走して行った。取り残された二人の頭上で連続して銃声が響いた。全弾を撃ち尽くしたピアニストにマガジンの予備はもうない。スライドが開ききったベレッタを握って、転げるように二階の踊り場まで下りて来た。四階の踊り場から警官が身体を乗り出して発砲した。二階で釘付けになってしまったピアニストを援護して、Mと弥生が交互に射撃する。正面ゲートの方角から無数のサイレン音が聞こえる。通報を受けたパトカーが非常階段に向かって来るに違いなかった。

「ピアニスト、飛び降りるのよ」
Mが上を向いて叫び、ベレッタを連続して発射した。警官がドアの陰に隠れた隙を突いてピアニストが二階の踊り場から身を躍らす。コンクリートの地上に着地した足がよろけて、地面に倒れた。Mと弥生が走り寄って抱き起こし、三人で闇の中へ向かった。ピアニストが左足を引きずる。飛び降りたときに捻挫したようだ。背中で銃声が響き、三人の後ろの路上で銃弾が跳ねた。弥生が振り返ってベレッタを構え、四階の踊り場に向けて残った全弾を発射した。物陰に伏せた警官が再び発砲するまで、しばらく間があるはずだ。三人はフェンスを乗り越え、沼の畔にしゃがみ込んだ。飛鳥が壊した照明塔が望外の闇を提供していた。Mと弥生がベレッタに予備のマガジンを装填する。競艇ビルを回り込んで三台のパトカーが非常階段の下に止まった。三人から五十メートルと離れていない。

「出口無しね。沼に入るしかないわ。運がよければ対岸に上がれる。まさかこの寒さの中を水に入るとは思わないでしょう」
Mが提案すると、弥生もピアニストもそろってうなずく。ベレッタをフォルスターに入れて三人でコンクリートの護岸にうずくまった。沼に背を向け、音を立てないように足から水に入った。冷たい水に首まで浸かったが、足は底に着かない。できるだけ静かに立ち泳ぎを続ける。二百メートル先の対岸に行き交う車のライトが見えた。護岸に手を掛けて立ち泳ぎを続けながら非常階段から遠ざかる。服が泳ぎの邪魔をし、水の冷たさが全身を覆った。

「時間がかかりすぎる。沼を疑われて湖面を照らされる前に対岸に泳ぎ着くしかない。靴も服も脱いで裸になろう。泳げば身体も火照ってくる」
ピアニストが押し殺した声で提案した。三人は水の中で服を脱ぎ、靴を脱ぎ捨てた。脱いだ物を両手で持って大きく息を吸って水中に潜る。服と靴が浮き上がって来ないように護岸の底の隙間に厳重に押し込む。湖面の浮遊物を目撃されれば、警官が沼に集まってくるに違いなかった。再び浮き上がった三人は対岸を目指して泳ぎ始めた。できるだけ水を攪乱しないように細心の注意を払って泳ぐ。水面から競艇ビルを振り返ると、非常階段付近が投光車に照らし出されて昼のように輝いていた。場内の明かりも全部灯っている。三人のあぶり出しが始まったようだった。

ようやく岸に泳ぎ着いた三人は、急いでアシ原に踏み込んでいく。腰を曲げ、膝を折った低い姿勢で低いアシをかき分けて奥に進んだ。競艇ビルから差し込む明かりが三つの裸の尻を照らし出す。全身が寒さに震えた。踏み出す素足が泥田にはまり込んで沈み込む。底なし沼に呑み込まれるような恐怖が掠めた。やっと丈高いアシの間に入り込み、乾いた草地を見付けてしゃがみ込んだ。ピアニストを中心にして三人で抱き合い、素肌を擦り合って暖をとる。Mの左手首でタイメックスの燐光時計が光った。ピアニストが時計をのぞき込む。時刻は午後七時だった。

「参ったな。ここから市街地まで歩くと二時間はかかる。おまけに三人とも素っ裸だ。夜が更けるまで待って車を奪うべきかな。武器はあるんだ」
震える声でピアニストがつぶやいた。
「私はすぐ行動すべきだと思う。歩けば直距離で行ける。車だと夜は検問が厳しいわ。非常線が張られていると思った方がいい。まさか素っ裸で、てくてく歩いて市街に入るとは警察も思わないわ。足をくじいたピアニストにはかわいそうだけど、警察の裏をかける」
外していたフォルスターを左肩に吊りながら弥生が言った。白い乳房の横に並んだ黒い銃把が凶々しい。

「弥生の説が正論みたいね。脱出地域を限定できない警察が、畑や路地裏にまで目を光らせる余裕はないわ。歩きが一番安全で行動の自由が得られる。車を奪うのは発見されてからでも遅くない」
Mが弥生の説に賛同した。ピアニストがしばらく目をつむり、じっと考えてから口を開く。

「二人に迷惑をかけるかも知れないが、歩こう。一人は僕に肩を貸してくれ、もう一人が十メートル先を進む。最短距離で集結地を目指そう」
ピアニストの声で三人は行動を開始する。Mが白い尻を振ってアシ原を上り、一車線の路上をうかがう。道の向かいは低くなった畑が二十メートルほど続き、小さな林が遮っている。左右を見回し、車の途絶えたことを確認したMが道路を横断した。弥生に肩を預けたピアニストも後に続く。三つの裸身が畑を横切って林の中に消えた。一時間前の大事件が嘘のように、林の中は静まり返っている。時たま渡る冷たい風が、頭上で裸の梢を鳴らすだけだ。Mは急に首筋に寒さを感じた。手でうなじを探ると愛用のスカーフが無くなっていた。靴や衣服と一緒に沼底に沈めたことに思い当たる。途端に悔いが募った。連れ添ってきた祐子がいなくなり、一人で取り残された気がした。だが、同じ道を歩く者はいない。幾つかの交わらぬ道が並行して、ひとすじに続いているだけだと思い直す。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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