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5.飼育(3)

「ごめんなさい。進太ちゃんらしくないことを言うから、つい手を上げてしまった。謝ります。でも、先生は諦めないわ。毎日進太ちゃんを説得に来ます。きっと、学校に帰らせて上げるわ」
進太の視線を真っ向から受け止めて清美が答えた。美しい顔に気迫が漂う。進太が先に目を伏せた。
「話はそれだけですか。用事があるので、今日は学校を休みます。わざわざ、ありがとうございました」
つぶやくように言って目を上げると、清美が小さくうなづいた。進太はバイクに跨りエンジンをかけた。

「進太、大概にしろよ」
走り去る背に秋山の怒声が飛んだ。感情をセーブできないのはチハルだけではない。土壇場になれば、誰でもうろたえるのだ。チハルが人と違うところは、最後の最後まで冷静でいられるところだった。進太は久しぶりにドーム館に報告に行こうと思った。もっとも、進行方向にはドーム館以外に建物はない。
坂を上り詰めてドーム館の玄関が見えるところまで出ると、玄関先に駐車した緑色のレガシーが目に入った。祐子の車だ。進太は祐子が苦手だった。祐子はMの子分のように進太に接する。説教臭いところが大嫌いだった。玄関前でUターンして帰ろうとしたが、運悪くドアが開いて祐子が出てきた。慌ててバイクを止めた。

「あら、進太じゃないの。久しぶりね、また学校をサボったんでしょう。Mは口に出さないと思うけど、内心は心配しているはずよ。せっかくワサビ作りをやめてコンピューターグラフィックスの勉強を始めたんだから、心配を掛けちゃだめじゃない。進太はもう中学校二年生なんだから人の気持ちも分かるでしょう。Mの生き方を邪魔しちゃだめよ」
さっそく説教が始まった。進太はバイクに乗ったまま大声で答える。
「これから行くところだよ。じゃあ、さようなら」
「嘘でしょ、嘘。チハルに会いに来たのね。いるわよ。さあ、お入りなさい。私は食料と日用品を届けに来ただけだからこれで帰るわ。ゆっくりしていくといいわ。どうせ学校には行かないんでしょう。少しはチハルのエネルギーをもらうといい。チハルと付き合うと勇気が湧くわよ。若いときの私みたいに、自殺を考える心配だけは無くなる」
祐子がしつこく話を続けたが、最後に言った自殺という言葉が進太の耳を打った。突然、緊縛した博子を一人で放置したのが初めてなのに思い当たった。罰はいつも、進太が立ち会って直接下していたのだ。全身に悪寒が走り、目の前が暗くなった。慌てて右手のアクセルを回した。エンジンが吼え、前輪が跳ね上がって車体が竿立ちになる。とっさに上半身を下げて重心を前に移す。まるで弾丸のようにバイクが突進した。進太は全神経を運転に集中して築三百年の屋敷へと急いだ。


首を縄で吊った死体は土蔵の中央に転がっていた。身体はうつ伏せだったが、喉に食い込んだ縄が頭を引き上げているため、床から六十センチメートルの高さで正面を見ている。異常に長くなった首の下で、縄目から飛び出た乳房が無惨だった。後ろ手に縛られた両手は硬く握り締められている。死ぬ苦しさに耐えて足を左右に突っ張ったのだろう。大きく開いた尻の割れ目が正視に耐えない。まるで拷問で殺された死体のように見える。だが、確かに博子は自ら拷問死を選んだのだ。舞台設定をしたのは進太だが、演じきったのは博子だった。見下ろす進太の胸に大きな空洞ができた。寒い風が空洞を渡っていく。手酷く打ちのめされたが、博子を恨む気持ちはなかった。博子も進太を恨んでいないだろうと思った。道は二つに別れたのだ。進太は虚脱した感情を抱いて土蔵を出た。死体に手を触れようとはついぞ思わなかった。後はチハルの仕事だと、荒みきった心がうそぶく。進太は再びバイクに跨って、博子の訃報を告げるためにドーム館に向かった。

博子の死体を見たチハルは何も言わなかった。黙々と後片付けの作業を進める。首を吊った縄をナイフで切り、用意してきたビニールシートに後ろ手に緊縛したままの死体を横たえた。赤黒い索縄痕が残る首に改めて鋼鉄の首枷をはめ、長さ三メートルの太い鎖を丁寧に死体に巻き付けた。死体をビニールシートで覆い、その上から再び縄で縛ってから二人で死体を抱え上げた。初めて土蔵の前まで乗り入れたゲレンデヴァーゲンの荷物室に死体を積み込む。
「死体は砂防ダムに捨てる。進太は土蔵の掃除をしてから家に帰りなさい」
初めてチハルが口を利いた。進太の身体に開いた空洞がさらに大きく拡がる。
「僕も一緒に行って、チハルを手伝うよ」
甘える声で縋ったが、チハルは黙って首を横に振った。何事もなかった顔で運転席に座った。何の合図もなくゲレンデヴァーゲンが発進する。

進太が土蔵の掃除を終えると、博子にまつわる一切の痕跡が消え失せてしまった。ポッカリ空いた胸の空洞の中を、また冷たい風が吹き抜けていった。秋は確実に深まっていく。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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