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8.終焉(4)

インターホンから進太の切羽詰まった声が響き渡ったとき、チハルはまだ着替えもしていなかった。市からドーム館に帰ってきたのは二十分ほど前だったが、やり場のない鬱陶しさを持て余し、椅子に座ったまま目を閉じていた。時刻はもう、午前九時を回っている。
「チハル、助けて。僕はもう、どうしようもないよ」
スピーカーを通して聞こえてくる泣き声が、チハルを元気付かせる。Mが痴態を晒している部屋の壁に大声で毒突いた、昨夜の無様な記憶を振り払うのにちょうどいい来訪だった。すぐ上がってくるように受話器に答えてから、警報装置のスイッチを切った。程なくしてドアが叩かれると同時に、進太が部屋に飛び込んできた。

「キヨミ先生が逃げた。僕がミスったんだ。どうしよう、もう取り返しがつかないよ。ねえ、チハル、お願い、僕を助けて」
大声で頼む顔は泣きべそをかいていた。緊張して怒らせた肩は細かく震えている。だが、進太の言っている意味が分からない。ただ、真剣すぎる声の調子に不吉な匂いを嗅いだ。話は聞きたくなかったが、危機の予感が胸の底の琴線に触れた。清美を殺したくなると言っていた声が記憶に甦った。思わず椅子から身を乗り出す。

「先生を殺し損なったと言いたいの」
静かに尋ねた問いに、進太が大きく首を横に振って答える。
「違うよ。殺しはしない。車をぶつけて気を失わせてから土蔵に拉致したんだ。素っ裸で縛り上げて監禁していたのに、ゲレンデヴァーゲンを返しにいった隙に逃亡したんだ。チハルに言われたように、厳重に拘束しなかった僕が悪いんだ。ずいぶん捜したけど見付からない。ねえ、もう破滅だよ。どうすればいいか分からないよ」
一息に言った進太がまた泣き出してしまった。肩を震わせて豪快に泣く。見ているチハルが笑い出してしまいそうになるほど、手放しな泣きっぷりだ。だが、進太が昨夜実行した仕事の内容はよく分かった。チハルは進太の目を見つめて、また静かに口を開いた。

「それで、私に何をしてもらいたいの。警察に捕まらないように逃がして欲しいのか、逃亡したキヨミを捕らえて欲しいのか、はっきり言わないと分からない」
泣きながら聞いていた進太の顔が急に輝きだす。うれしそうに口元が歪んだ。
「キヨミ先生を捕まえてください。お願いします」
喜びの声で言って、進太はまぶしそうにチハルを見た。
「キヨミはどんな格好で、どのくらい前に逃亡したんだい」
「素っ裸で後ろ手に緊縛してある。猿轡を噛ませ、膝の上で足も縛ってあるよ。でも、股間を縛り忘れたから自由に歩ける。逃げた時刻は分からないけど、一人で放置した時からなら、もう二時間になる」
問いに答えた進太の様子は、もうすべてをチハルに任せきった風情だった。
「二時間は長いね。手遅れかも知れない。どちらにせよ時間との勝負だ。すぐ出掛けるよ。それから、犬、犬が必要だ。クロマルを連れていこう」
目をつむって考えていたチハルが、立ち上がって決断を下した。壁に備え付けたクロゼットを開けて黒革のガンケースを取り出す。その場でレミントンM1100に五発の実包を装填し、別の実包を二発、紫紺のスーツのポケットに入れた。横で見ていた進太の目が輝き出す。

「ねえ、チハル。クロマルはだめだよ。バカ犬だから役に立たない。それより、チハルは着替えた方がいい。戦闘服の方が追跡に似合う」
甘えた声を出して進太が擦り寄ってきた。
「進太、私が銃を用意したんだ。これからすることは遊びじゃない。時間もないし犬も要る。さあ、つべこべ言っている暇があったら車のエンジンをかけてきなさい」
一喝すると、すくみ上がった進太が真っ青になって飛び出していった。確かに戦闘服の方が活動的だ。だが、今は時間との勝負だった。チハルはスーツの足元をジャングルブーツで固めただけで、銃を手にして階下に下りた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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