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7.もう一つの拉致(2)

「進太ちゃんは相変わらずアウトドア志向みたいね。山の中で白いパジェロを見掛けなかったかしら。三週間前から、若い女性と外国人が行方不明になっているの。三日前に、学校にも警官が捜索に来たのよ」
気軽な声で進太に呼び掛けた。一週間も登校しなかった進太に、さり気なく最新の情報を与えて気を引くつもりだった。会う早々補習の約束を持ち出すのは得策ではない。
「白いパジェロですか。見ませんね」
つまらなそうな口振りで答えてから、進太はうつむいて考える素振りを見せた。確かに進太は白いパジェロを見ていない。しかし、博子が乗っていた車に違いないと思った。パトカーが回ってくる理由も知れた。白いパジェロと外国人を始末した後、チハルは築三百年の屋敷に博子を拉致してきたのだ。薄暗い土蔵の中で素っ裸で立ち縛りにされた姿が進太の脳裏に浮かんだ。そしてもう、博子の存在も消えてしまっている。目の前の清美の顔が博子に重なる。進太は素早く決断を下した。伏せていた顔を上げ、真っ直ぐ清美の目を見つめた。

「キヨミ先生、お願いがあって来たんです。月曜日からは登校するし、約束どおりクラスメートの勉強も見ます。でも、うまく教えられるかどうか不安なんです。だから先生、今晩もう一度僕の家に来てください。お願いです。勉強の教え方で相談に乗ってもらいたいんだ。午後七時に待ってます。いつものように、自転車で来てください。その方が、僕も勇気が出る」

熱意を込めて言った進太の肩が震えている。清美の目頭が熱くなる。やっと進太に誠意が通じたと思った。思った瞬間、授業の再開を告げるチャイムが鳴った。教室の入口から子供たちが駆け込んでくる。進太は清美の目を見つめたまま返事を待った。
「ええ、行くわ。絶対行きます。午後七時ね」
念を押して答えてから、清美は教室に戻った。燃えるように輝いていた進太の眼差しが胸の底に焼き付いて残った。


進太は日が暮れる前にバイクでドーム館に向かった。落ち葉の舞い散る大小のカーブを車体を斜めにしてクリアしていく。かん高いエンジン音が晩秋の山並みに響き渡った。さしもの警察も日暮れ前には山地を引き上げる。特に今日は、一台のパトカーも見掛けなかった。進太は三日間のロスを取り戻そうと、思う存分にカワサキKX60を操った。ドーム館を見下ろす坂の途中で、もう一度思案を巡らす。だが、チハルからゲレンデヴァーゲンを借りる名案は浮かばなかった。かといって、たとえ相手がチハルであれ、清美を拉致するために車が必要だとは言い出せない。黙って貸してくれることに賭けるしかなかった。

ドーム館の玄関前には、祐子のレガシー・ワゴンが駐車してあった。やはり祐子は、チハルと付き合うのだ。Mの嘘が白々しい。進太がバイクを止めてエンジンを切ったとき、ドアを開けてチハルと祐子が外に出てきた。祐子は普段どおりのセーターとジーンズを身に着けていたが、チハルのスーツ姿が進太を驚かせた。体型にぴったり合った光沢のある紫紺のスーツは、チハルの精悍な美しさをひときわ目立たせている。タイトなスカートから伸びた脚が目にまぶしかった。「女のチハル」を始めて見る思いがした。素っ裸でいるときより、数段女を感じさせる。スーツを着ただけで小柄な身体が大きく見えるのだから、つくずく不思議な女性だと思う。ロサンゼルスのキャリアウーマンという前歴の一端を見る思いがした。

「進太、また学校に行っていないのね。来年は高校生でしょう。そろそろ不登校から卒業しないと、私みたいに後悔するわよ」
ぽかんとした顔でチハルを見つめていた進太に、祐子が声を掛けた。進太は露骨に眉をしかめた。説教など聞きたくもない。特に今日はまっぴらだった。祐子を無視して、縋るような目でチハルを見つめた。スーツ姿のチハルにはゲレンデヴァーゲンは似合わない。祐子のレガシーで出掛ける予感がした。
「チハルが車を使わないなら、ぜひ僕に貸して欲しいんだ。ねえ、お願いだよ」
さりげなく言おうとしたが、口を突いた声は我ながら切羽詰まって聞こえた。チハルの横に立った祐子があきれた顔をしたのが分かる。
「まあ、あきれた。バイクばかりでなくジープを運転したいって言うの。危ないわよ。チハル、貸してはだめ。私がMに叱られるわ」
祐子の鋭い声にも反応を見せずに、チハルはじっと進太の目をのぞき込んだ。進太も正面からチハルの視線を受け止める。
「いいわ。貸して上げる。さんざん練習したんだから運転は心配ない。でも、警官に止められたとき、無断で乗り出した車だって言えるかい」
「言えるさ。チハルには決して迷惑は掛けない。恩に着るよ、ありがとう」
即座に答えた進太の前にチハルがキーを差し出す。進太は震える手でキーを掴んだ。
「チハルは無謀すぎる。進太はまだ中学生よ」
祐子が頬を膨らませて抗議した。チハルは黙ってレガシーの助手席のドアを開けて先に乗り込む。
「責任は私が取る。さあ、祐子、久しぶりのデートよ。早く車を出してちょうだい」
大きな声で言ってから、またチハルが進太を見上げた。緊張しきった顔に目で笑い掛けてから、小さくうなずく。進太は反射的に深々と頭を下げた。再び顔を上げた目に、暗くなった景色の中に遠ざかっていくレガシーの、赤いテールランプが小さく見えた。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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