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8.終焉(3)

「アッ」
小さく叫んで、進太は唇を噛んだ。出掛けに見た清美の裸身を急いで思い返す。尻の割れ目にのぞいていた肛門が目に浮かんだ。剥き出しの尻だった。股間を縛り忘れてしまったのだ。陰部に食い込む股縄がなければ、清美は自由に歩行できる。せめて足首を縛るべきだったと思った。自転車が転倒した時の擦り傷を哀れみ、膝上を縛っただけで済ませたことが悔やまれてならない。進太はバイクのスピードを緩めずに長屋門を潜り抜け、急いで母屋の裏に回った。大きく見開いた目に、開け広げられた扉が飛び込んできた。背筋が冷たくなりハンドルを握る両手が硬くなった。バイクから飛び降り、土蔵に駆け込む。寒々とした室には、清美の裸身に掛けた毛布が落ちているだけだ。目の前が真っ暗になったが、目まぐるしく頭を働かせて時間を計算した。時刻は午前八時を回ったところだ。最大限の時間を考えてみても、清美が逃亡してから一時間しか経っていない。築三百年の屋敷から街道まで、急いで歩いても一時間はかかる。それに清美は素っ裸で後ろ手に縛られているのだ。山に逃げ込む恐れはない。街道に出て助けを求める以外に、救出の望みはないはずだった。きっと、この土蔵と街道の間に潜み、バイクの音を聞いてすくんでいるに違いなかった。急いで街道に戻り、築三百年の屋敷へ向かって追っていけば捕らえることができる。捕らえなければ生涯が終わると思った。進太は再びバイクに跨り、怖い顔で街道を目指した。

清美は街道に向けて歩き出して十五分ほどのところでエンジン音を聞いた。歩き続けて火照った身体が冷水を浴びたように冷たくなった。無防備な裸身がわなわなと震える。思わず道端にしゃがみ込んでしまった。喉元に吐き気が込み上げてくる。ようやく緩くなった縄の猿轡の間から、唾液にまみれた布切れを舌で押し出す。黒いTバックのショーツが足元に落ちた。堪らない尿意が襲い、下腹がキリキリと痛んだ。背中で緊縛された両手を捩ってみたが、高手小手に縛り上げた縄目は緩みもしない。バイクの音がますます高まる。もうこれまでかと観念してうなだれると、足元に落ちた黒い布切れが目に入った。お気に入りだったショーツがぼろ切れみたいに転がっている。醜く汚らわしい眺めだった。途端に怒りが込み上げてきた。教え子ごときに負けてなるかと歯を食いしばる。

「私は教育者よ。負けるもんですか」
大声で叫んだ。久しぶりに耳を打った自分の声が、萎えかけた勇気を奮い起こしてくれる。両足に力を入れて立ち上がり、枯れた枝が行く手を阻む山の中へと踏み入っていった。シダと苔に覆われた窪地に下り、再び小高い雑木の茂みに上ったところでバイクの音が擦れ違っていった。全身を緊張させてしゃがみ込むと、遠ざかっていく進太の背が見下ろせた。だが、間もなく凄い勢いでバイクが戻ってきた。逃亡を発見した進太が追跡を開始したに違いなかった。バイクで追う進太に発見される恐れはなかったが、清美も身動きがとれそうにない。かん高いエンジンの音は遠く低く、街道の方角から響き続けた。清美は右手に続く細い獣道を通って、山越えで街道に出ることを決心する。枯れ枝の下を這うように進む、困難な道が待ち受けているはずだった。だが、不思議と恐怖は無かった。なだらかな山並みは、時間を費やせば必ず街道に出られると確信できるほどのスケールだ。枯れ草や枯れ枝に責められて、縛られた裸身が擦り傷だらけになるぐらいで済むに違いない。尻を鞭打たれる痛みと屈辱より、よっぽどましだと思う。清美は方向を変え、小さな沢に下りる獣道に分け入っていった。

進太は街道と築三百年の屋敷の間を、ずいぶん長い時間走り回った。しかし、清美を発見することはできなかった。熱い焦燥が全身を焼き尽くす。路肩にバイクを止めて肩で大きく息をついた。車体を揺するとフューエル・タンクの底で貧相な音が響いた。もうほとんどガソリンも残っていない。ぼう然と眺める山襞が真っ白になり、やがって真っ赤に染まった。もう破滅しか残されていないと覚悟した。全身が硬く緊張してくる。

「ウワー」
大声で叫ぶと、力強いこだまが帰ってきた。どことなくチハルの声に似ていた。懐かしさが込み上げてきて涙がこぼれた。進太はバイクをUターンさせて、ドーム館を目指した。もはやチハルに救いを頼む以外に道はなかった。何ともやり切れない気持ちだったが、もう子供の出る幕ではないような気がした。涙が止まらなくなる。やはり負け続けるのかと心の底で思い惑い、きつく歯を食いしばってハンドルを握り締めた。
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Author:アカマル
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官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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