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7.もう一つの拉致(3)

サロン・ペインのカウンターにチハルと祐子は並んで座っていた。まだ時刻が早いので他に客の姿はない。手持ち無沙汰にしているチーフも、二人の会話に割り込む気はなさそうだ。カウンターの中で黙々とグラスを磨いている。チハルはゆっくりバーボンを舐めた。ジャックダニエルのストレートが舌に苦い。殺されたボギーが大好きだった酒だ。チハルはボギーの思い出を舐めるように、帰国してからもジャックダニエルを選ぶ。舌に苦い酒が甘く感じられるようになれば酔いが回る。ボギーとの楽しかった日々の記憶が酔いを明るくさせてくれるのだ。
「チハルもMと同じで、時々怖くなることがあるわ。今日の出掛けもそうだった。毎日おどおどと悩んでいるような進太に、チハルは危険なことばかりさせている。あの子はきっと、さらに悩むわ。どう見ても進太は、偉大な個性も人格も持っていない。それなのに、チハルやMに憧れて背伸びをするの。私の若い時を見るようで、本当に心配よ」
日本酒のオンザロックを右手に持った祐子が、カウンターの中の鏡に映るチハルを見つめて愚痴を言った。聞いていたチハルの目が一瞬光る。
「祐子、私がMと一緒に話題にされることを嫌っているのは承知でしょう。あの女と祐子が仲良くするのはもう気にしないけど、同列で語ることは許さない」
「ごめんなさい。二人には頭が上がらないから、つい一緒にしてしまうの。気を悪くしたのなら謝るわ」
祐子が素直に頭を下げた。チハルの口元に苦笑が浮かぶ。祐子の目を見つめて真剣な表情で尋ねた。

「いつか聞こうと思っていたんだけれど、祐子はドーム館に定期的に食料や日用品を届けてくれるよね。蔵屋敷にも届けているって進太に聞いた。決して迷惑だとは言わないけれど、どうして祐子は頼まれもしないことをしてくれるんだい」
チハルの問いを聞いた祐子があっけに取られた顔になった。続けて頬が真っ赤に染まる。
「チハルが気にすることじゃないわ。買い出しは勝手にやっているのよ。私は市街に住んでいるし、チハルにもMにも、些細なことに気を使わずに、のびのびとしていてもらいたいだけよ。それに、定期的に二人に会える。私と違った大きな存在に触れると、勇気が湧くのよ。私には機を織ったり、買い物をしたりする以外に能力がないの。二人とは違うわ。意気地なしだし」
小さな声で祐子が答えた。今にも泣き出しそうな気弱な声だ。
「本当に意気地なしだ。Mの足手まといよ」
カウンターの中でチーフがつぶやいた。聞こえよがしの大きな声だ。聞いていたチハルが大声で笑い出した。祐子の頬がますます赤くなる。チハルが笑いを納め、大きく溜息をついてから口を開いた。

「チーフの言葉は半分当たっている。祐子は等身大の自分が見えてないんだ。ねえ、よく考えてごらん。私もあの女も、毎日をただ無為に過ごしているだけだよ。いくら何でもできると見せ掛けていたって、糞の役にも立ちはしない。人は、やり遂げたことがすべてさ。やるかも知れないこと、やれるかも知れないこと、みんな嘘っぱちさ。祐子が機を織って作品に仕上げたり、チーフが商売に精を出して金を蓄えたりすることと比べたら、ゴミのようなものよ。そのゴミも、見る人が見ると偉大な財宝に見えることがあるのかも知れない。でも、それは見方が違っているんだ。個人が人に感じさせる迫力など、残された仕事に比べれば泡のようなものだよ。結局、消滅するだけで何も残らない。あの女や私を、祐子が怖がる必要はこれっぽっちもないね」
チハルの熱弁を、祐子は両手で耳を覆って耐えた。これだからチハルは恐ろしくてならないと思う。チハルの言葉の先には滅びしかない。その滅びを自ら求めているようなチハルが悲しかった。やはりMとは違うと思うと、無性にチハルが愛おしくなって涙が出た。チーフが身を乗り出して口を挟む。

「あんたはどこから見てもキャリアウーマンだし、人間的迫力もある。でも、私に言わせれば、やっぱりガキよ。あんたの嫌いなMとは大違いね。少なくとも、Mは理屈を言わない。自分の信じた道を真っ直ぐに行くのよ。女同士で愚痴をこぼし合ったりはしないわ。実を言うと、ついさっきMは店に来たのよ。今も二階の会員ルームにいるわ。商売上、口は堅いつもりだけど、あんたには別よ。Mの敵らしいからね。そう、Mはいい男と二人きりで夜を過ごすつもり。ねえ、人には男と女の二種類があるのよ。その二つを繋いだり、引き離したりするのが性。性の極まりが官能だわ。祐子は官能を怖れているだけよ。Mは怖れずに官能を追い求める。さて、あんたはどっちの道を行くのだろうね。私は当面、そっちに興味があるわ」
チーフの言葉を黙って聞いていたチハルが、ゆっくり立ち上がった。二階に続くドアを目指して真っ直ぐ歩いていく。遅れて立ち上がった祐子がチハルを追う。チーフが素早く祐子の手にキーを握らせた。
「ご希望なら、Mの隣の部屋が空いているからお使いください。女同士のセックスもすてきですよ」
チハルの背に、楽しそうなチーフの声が飛んだ。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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