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6.それぞれの思い(1)

十一月の下旬になると、市街地の樹木も紅葉の度を深める。中央公園の噴水の上に大きく枝を広げたイロハモミジが、燃え立つような赤に染まっていた。園内を周回する散歩道の銀杏並木も、もうじき黄金色に変わるだろう。Mは産業道路と交わる交差点の前に立って公園の秋景色を望んだ。山地の紅葉とは比べ物にならないが、灰色に煤ぼけた市街では鮮やかな彩りがひときわ目に映える。頬を掠める乾いた風も心地よい。正午近くの日が目にまぶしかった。昼食にするマクドナルドの大きな紙包みを抱えた制服姿のOLが二人、声高に話し合いながらMの後ろに並んだ。目の前の歩行者用信号はまだ赤のままだ。

「ねえ、交番のポスターを見てよ。あのパジェロの子はセントラルパークのシェフの娘さんですって」
「そうよ、レストランにも張り紙が出ていたわ。一昨日ステーキ定食を食べに行ったとき見たわよ」
「えっ、誰と行ったのよ。あなたが窓口当番をすっぽかしたと言って、主任さんが怒っていたわ」
「へー、あんな婆さんなんか目じゃないわよ。更年期障害の気晴らしで怒ってるだけなんだから」
背中で響く騒々しい会話をやめさせようとして、さり気なく後ろを振り向く。途端に二人が口をつぐんだ。意識して顔は見ない。二つの顔の間に視線を投げた。交番の前の掲示板にはったB二判のポスターが目に入った。手作りらしい大きなポスターにはキャビネ大の写真が貼られ、「見た人はいませんか」という見出しが躍っている。Mは掲示板に近寄っていった。二人のOLが不審そうな顔をしたが気にしない。他愛ない会話を中断させた姑息な行為だけを悔いた。まるで二人の話題にされた主任の婆さんのようだと思った。OLたちにはポスターを見るために振り向いたと思わせたかった。ちょうど信号が青に変わり、背中で数人の足音が響いた。Mは大きく息を吸い込んでから肩を落とした。腹の底からいらだたしさが込み上げてくる。改めて孤独を感じた。感じた瞬間、口元に苦笑が浮かんだ。自分らしくないとは思ったが、その自分が最近はとても遠く感じられるのだ。それは、習い初めて二か月になるコンピューターの操作が上達しない焦りからではないし、しばらく縁の無かった市街に放り出されたせいでもない。何とも言えないじれったさを明確に意識した場所は山地だった。

三週間前の日曜日。全市共通の実力テストを受験するために、珍しく朝から登校した進太に弁当を届けに行ったときのことだ。実力テストは二年生だけが受験する。Mは深閑とした学校の雰囲気を予想していた。しかし、弁当の入った紙袋を下げて裏門から校内に入った途端、嬌声に迎えられた。狭い裏庭では、何とサッカー教室が開かれていた。進太が中学校に進学してから学校を訪れるのは入学式以来のことだったが、サッカーが盛んなことは知っていた。山地の学校で唯一残った部活動がサッカーだった。一学年が一クラスしかないため、中学生と小学生が混じり合って練習する。男女も一緒だ。Mの目の前にも十数人の背の揃わぬ子供たちが群れていた。教えているのは褐色の肌をした外国人の青年だ。見事なドリブルに子供たちが喝采する。少し離れた場所に止めた、白いパジェロの前にたたずんでいる若い女性も手を叩いている。実力テストの会場とは思えぬ雰囲気に目を見張り、Mは子供たちの動きを目で追った。青年が身振りでボールを蹴るように告げた。子供たちが先を競って褐色の肌の回りに集まる。笑い声が裏庭に満ちた。小学生の男の子が素早く走り込んできてボールを蹴った。蹴った瞬間にボールが曲がり、裏門の横に立つMの足元に転がってきた。またひときわ高く嬌声が上がった。ボールを拾いに三人の小学生が駆けてくる。Mは笑みを浮かべて足元のボールを拾い上げた。投げ返そうと右手を振り上げた途端に、走り寄ってきた子供たちの足が止まった。にこやかだった顔が硬くなり、怯えた目でMを見つめる。Mの手も一瞬止まった。敵視するような子供たちの視線に戸惑い、青年に向かってボールを投げた。ボールは青年の手前に落ちた。再び大きくバウンドしたボールの落下点を捕らえて、長い足がシュートを放った。凄いスピードで校舎に向かって飛んだボールが玄関ドアのガラスに突き刺さる。ガラスの割れる大きな音が響いた。子供たち全員が喚声を上げ、拍手する。高揚の絶頂でエンジン音が轟いた。パジェロの運転席に座った女が素早くパジェロをスタートさせた。褐色の肌をした青年が子供たちに手を振り、助手席に乗り込む。裏門から走り出るパジェロの背に、子供たちがしきりに手を振って声援で送った。ガラスの割れた玄関から二人の若い教員が走り出てきた。蜘蛛の子を散らすように子供たちが逃げ去る。裏庭に静寂が戻った。顔を真っ赤にした教員に近寄っていくと、二人は照れくさそうな目でMを見た。

「うちの子供たちは元気すぎて困るんですよ。お孫さんのお迎えですか」
邪気のない教員の声で、思わず周りを見回してしまった。だが、裏庭にはMしかいない。すぐ苦笑が浮かんだ。小学校の教員から見れば、若い祖母に見られるのも仕方ないと思い直した。自分自身で考え、意識している存在と、他者の見る存在がかけ離れているのは当たり前のことだ。その落差の大きさに、Mは今更ながら驚いただけだった。
「いいえ、実力テストの中学二年生に昼食を届けに来たんです」
答えた声は固く、掠れているような気がした。
「ああ、ご苦労様です。せっかくの日曜日に、ご熱心で恐れ入ります。山地では受験に関心のない家庭も多いんですが、ご理解があって助かりますよ。試験場は二階の隅の教室なんですが、せっかくですから僕が弁当をお預かりします」
もう一人の教員が世慣れた口振りで言って、仲間の失態をフォローした。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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