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6.それぞれの思い(4)

「実は、検事さんにご相談があってきたんです。お忙しいなら、そう言ってください。日を改めます」
名淵の気持ちにお構いなく、Mが話し始めた。名淵は外に誘うことに決心する。自分の車の中が最高だと思った。Mの前まで歩を進めた。
「いいえ、構いません。いくらでも時間は割けます。でも、この役所には適当な場所がないんですよ。よかったら僕の車へ行きましょう。そこで話をお聞きします」
突飛な申し出に、Mがすぐ頷き返した。玄関ドアを開けて二人は駐車場に出た。さわやかな風が二人を包む。さすがに肌寒さが感じられた。日溜まりになった狭い駐車場に六台の車が止まっている。名淵は真っ直ぐ緑色のスポーツカーに案内する。ブリテッシュ・レーシンググリーンのMGFだ。ドアを開けてMを招くと、Mの表情がぱっと明るくなった。
「私も昔、真っ赤なMGFに乗っていたの。懐かしいわ」
助手席に座ったMが、狭い車内を見回しながらうれしそうにつぶやいた。
「そうでしたか。知っていたら運転席に座ってもらったのに。で、今は何にお乗りなんです」
名淵の問いにMが笑いで答えた。笑いながら指差すところに白い軽トラックが駐車してある。
「なるほど、MGFより実用的だ」
答えた名淵が続いて笑った。

「検事さんは、レストラン・セントラルパークの娘さんが行方不明なのを知っていますか」
唐突にMが問い掛けてきた。真剣な声だった。
「知ってますよ。外国人がからんでいるようなので、検察支部にも警察から通報が来ました」
「そう、褐色の肌をした逞しい青年のことね」
「見たんですか」
外国人の容貌を口にしたMに驚き、問いただした声が大きくなった。まだ公表していない情報だった。硬い表情でMがうなづく。
「なぜ黙っていたんです。三週間も前のことですよ。いつ、どこで見たんですか」
思わず非難する口調になって、矢継ぎ早に聞いてしまった。Mの横顔が苦悩で歪んだ。
「行方不明になっていることは今日のお昼に知ったの。二人を見たのは三週間前。山地の学校で、二人一緒にパジェロで去っていくのを見たのが最後よ。私は新聞を読まないし、テレビも見ないから、ポスターを見るまで知らなかった。セントラルパークで友達と食事して、帰り際に会ったシェフに娘さんの情報を伝えようとしたの。でも、できなかった。山地の事件が気になって、口に出せなくなったの。これからは事実を告げると検事さんに約束したのにできなかった。だから相談に来たのよ」

名淵は三週間前にMが見たことのすべてを聞いた。白いパジェロが山地で消え失せた予感がした。事故かも知れないが、確実に死の匂いがした。
「検事さんには話せたけど、やっぱり警察に出頭するのは気が重いの」
話し終えたMがしんみりした声で付け加えた。気持ちは分からないではない。それに、まだ事件になったわけではなかった。
「僕が警察に話しますよ。僕なりに調査もしてみましょう。とにかく事件の匂いがする。それも、山地が舞台になった予感がするんです。調べさせてもらいますよ。これでも特捜検事なんだから、手慣れたものです。よかったら、週末にまたお会いしたい。山地にも、Mさんにも、僕は惹かれるんだ」
思わず声が高まったが、Mは黙ってうなずき返してきた。名淵はせっかくのチャンスを逃がしたくなかった。
「金曜日の夜にサロン・ペインの会員ルームを予約しますよ。ぜひ付き合ってください」
「いいわよ、縄は私が用意するわ」
あっさり答えた声がやけに遠くで聞こえた。ペニスが硬くなっていく。名淵はMの手を引き寄せ、さり気なく股間に導いた。
「検事さんは若いわ。こんな時でも元気がいいのね」
Mの華やいだ声が全身に響き渡った。野心も官能も、一切が欲しいと名淵は痛切に願った。


午後六時を過ぎた山地は、もう闇に包まれていた。自転車のライトが弱々しく照らす街道から蔵屋敷に続く横道へと、清美は慎重にペダルを踏んで曲がっていった。やがて、疎水を渡る木橋の横に立つ外灯の明かりが目にはいる。清美はほっとしてペダルを踏む足の力を緩めた。明かりは見えたが、近付くまでには五分ほどかかる。闇の中の光はことさら近くに見えるのだ。この道を自転車で通い始めてから、もう一週間が経った。今夜こそ進太を説得し、女の子たちの勉強を見させようと思う。照れ性で意固地な進太を説得するには教師の誠意を理解させるしかないと、清美は確信していた。楽をしていては進太と意志の疎通ができるわけがない。車を使わないのもそのためだ。市からの通勤に使っているマーチは学校に駐車してあった。片道二十分の道のりをわざわざ自転車で往復する。夜道は寒かったが、真冬用のダッフルコートを着た清美には気にならない。かえって汗ばむくらいだ。これが教師の誠意と根性だと思うと、ペダルを踏む足にまた力が入る。秋山とのデートを断ったことにも悔いはなかった。ただ、数人の同僚が見ている前で演じた醜態が気になった。教育に理解がない秋山の不甲斐なさがしゃくにさわる。その口喧嘩は、つい十五分前に起きたことだった。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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