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6.それぞれの思い(5)

部活の指導も終わって午後六時になったとき、清美は職員通用口でブーツを履こうとしていた。
「清美さん、今夜も進太の説得に行くんですか」
背後から秋山の声が落ちた。どことなく苛ついた声だ。
「ええ、諦めないで毎日説得に行くと進太ちゃんに言ったんですから、約束どおり毎日通います」
答えた声が少し尖っていた。
「僕にはムキになっているとしか思えないな。どうして進太のことになると、他のことが目に入らなくなるんだろう。清美さんは小学校の教師ですよ」
「いいえ、ムキになってなんかいません。私は小学校の仕事を全部済ませてから、個人的に進太ちゃんの指導をしているんです。秋山先生もよくご存じのはずでしょう」
気に掛かっていたことを恋人の秋山に指摘されたので、清美は裏切られたような気がした。確かに清美の行動は越権行為だった。秋山の黙認と理解を前提にして、小学校の担任の時にやり遂げられなかった指導を再開したに過ぎない。それだけに、秋山の言葉が心外だった。思わずくってかかるように言葉を投げた。

「秋山先生は、ご自分の生徒に手を出すなって言いたいのかしら。そんな狭い了見では先が思いやられてしまいます。私たちの教育の理想をお忘れになってしまったのかしら」
「清美さんは誤解してるよ。僕は手を出すなとも、迷惑だとも言ってない。ただ、久しぶりにデートに誘おうと思って声を掛けただけですよ。やっぱり、清美さんはムキになっている」
秋山が対立を納めようとして、二人の関係に話題を振った。清美は土・日曜日も学校に出て、進太の家に通い続けていた。秋山との関係は結婚の話がでかかったままで中断していた。もちろんセックスまでは進んでいたが、それも儀式のように淡いものだった。

「ごめんなさい。私もデートはしたいけど、今は進太ちゃんの教育の方が大事なの。もう少し時間をください」
固い声で答えてしまった。笑い声でごまかし、今日の対立をあいまいなままにしておくのが大人の女だとは思うが、清美はもう後に引けなかった。
「凄く真剣だね。進太に嫉妬してしまうよ」
秋山が最後の助け船を出した。縋り付いて一緒に大笑いすべきだと、清美の中の女が告げる。だが、清美の顔に笑いは浮かばなかった。こわばった口元から冷たい声がこぼれ落ちた。
「自分の教え子に、なんてことを言うの。恥を知りなさいよ」
言った途端に秋山の顔が真っ赤になった。全身が怒りに震えている。
「清美さんは先輩として僕をやりこめたいんだろう。僕が担任している進太を更正させて優位に立ちたいんだ。いくら年上だと言っても陰険が過ぎるよ。子供たちに平等に接しようというのが僕たちの方針じゃないか。清美さんは私情に流されている。それも、結婚の話が出た途端に僕を押さえ込もうとする。フェアじゃないね。進太にとっても、僕にとっても、虐めと同じだ」

初めて秋山が清美に見せる激情だった。言い募る目に涙が滲んでいた。清美の目頭も熱くなった。ぼやけた視界に二人の口論をのぞき見している同僚の顔が映った。そのうちの一人は、小学校で清美のライバルの学年主任だった。反射的に右手を振り上げ、秋山の頬を張った。静まり返った職員通用口にかん高い音が響いた。
「もう、付きまとわないで」
大きな声で言い捨てて、駐輪場に駆け出した。追ってくるだろうと思った秋山はついてこない。暗がりの中に自転車を引き出し、泣きながらペダルを踏んで蔵屋敷に向かった。


木橋のたもとに立つ外灯の明かりが、自転車の横に立った清美を照らしている。疎水の向かいに見える蔵屋敷の窓には明かりが灯っているが、進太はいない。通い詰めて一週間も経てば雰囲気で分かる。何より進太が愛用するモトクロス・バイクがなかった。清美はもう二十分間も、進太の帰りを待っている。これまでの帰宅時間は六時三十分前後と、判で押したように決まっていた。待ち受けていて会えなかった日はなかった。説得はうまくいっていなかったが、逃げ隠れしない進太の態度には教育者としての手応えを感じていた。もう一息だと思っていた。
「私を避け始めたのね」
つぶやいてみると心細さが込み上げてきた。裏切られたような思いの底で、進太の姿が揺れ、秋山の顔に代わった。他愛ない口喧嘩のシーンが甦ってきた。初めて悔いを感じた。取り返しのつかないことをしたと思った。急に寒さを感じ、身震いして足踏みをする。何が何でも進太を説得する以外に、道は開けないと思い定めた。温かそうな明かりが灯った蔵屋敷の高窓を、清美は憎しみを込めて睨み付けた。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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