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8.終焉(6)

「昨夜、隣室から怒鳴りつけたチハルの車よ」
耐えきれずに名淵に告げた。名淵が振り返って黒い車体を見つめた。
「凄い車に乗ってるね。誰も乗っていないようだが、どうしたんだろう」
視線を戻した名淵が、素っ気ない声で言った。
「チハルはクレー射撃が趣味なの。猟期に入ったから、きっと生き物を撃ちに来ているのよ」
答えた声が冷たかった。別にチハルに敵愾心を持っているわけではないが、マニッシュな態度と行動には、つい眉をひそめたくなる。暴力志向が露骨に現れているようで不快だった。そんなチハルに進太を委ねている自分が歯がゆくてならない。たとえ、ショック療法だと割り切ってみても、リアクションを考えると心が痛んだ。Mには暴力が発散する匂いが耐えられないが、それに惹きつけられる人の気持ちも分からないではなかった。恐らくMが追い求めてやまない、闇に溶け込む漆黒の炎と同様、悲しさに打ち勝つ希望を夢見させるのだろうと思う。それを死の迷路と呼ぶなら、彷徨っている進太自身が出口を見付け出すしかなかった。誰だって、いつも別れ道に立っているのだ。

Mは暗い気持ちを抱えたまま、築三百年の屋敷に続く私道に向けてハンドルを切った。崩れかけた長屋門を潜り抜けた途端、目に映った光景は往時とは比べものにならなかった。二十六年間の歳月だけが、荒廃しきった屋敷を代表していた。何の感傷も浮かびはしない。枯れきった庭の中央にあるモクセイと、松の巨木が胸を張り、成長の歴史を主張しているようだ。モクセイの下にMGFを止めた。エンジンを切ると辺りを静寂が包み込んだ。

「凄い、とにかく凄いね。一言で言えば栄華の跡だ。築三百年の屋敷とはよく言ったもんだよ。重層した歴史が風化する直前のきらめきがある」
名淵が興奮した声で言ってドアを開けた。胸にぶら下げたライカM6のファインダーをのぞいて、何回となくシャッターを切る。穏やかに晴れ渡った日射しが、廃墟を情け容赦もなく照らし出していた。
「あれ、こんなものが落ちていたよ」
松の根元に屈み込んで、崩壊した母屋の茅葺き屋根を写していた名淵が立ち上がって声を掛けた。三重になった麻縄の輪を摘んだ左手を掲げる。口元に卑猥な笑いが浮かんでいた。縄は清美の足を縛っていたものだ。

「ねえ、Mさん。せっかくだからモデルになってくださいよ。廃墟に浮かび上がる美しいヌードが撮りたい。短い縄だけど十分縛れますよ」
甘えるようなバリトンで懇願した。運転席に座ったMの眉が曇る。突飛な申し出が、さんざん縛られ責め苛まれた二十六年前の記憶を呼び覚ます。頼みを拒絶しようと思った。車から降り、三メートル先の名淵を睨み付けた。頭上に松の枝が張りだしている。素っ裸で後ろ手に縛られて、吊り下げられたことのある枝だ。軽いめまいが襲い、微かに銃声が聞こえた。チハルが発砲したのだと思った。この瞬間に無抵抗な生き物が殺されたのだと確信した。悲しみが全身に満ちる。銃声に促されたように、マウンテンパーカーを脱いだ。セーターとジーンズを脱いで全裸になる。いつの間にか、名淵が背後に立った気配がした。うなだれて両手を背中に回すと縄の感触がした。暗い意識が後ろ手に縛られたことを告げた。熱く燃え上がってきた股間が、過去を現在に引きずり込む。


清美はしゃがみ込んで沢を見下ろした。シダとササに覆われた細い流れが五メートルほど下った谷間に見える。沢沿いに下っていけば、必ず街道に突き当たるはずだった。だが、沢に降りる斜面は意外に急峻だ。後ろ手に縛られていてはバランスも取れない。清美はしゃがんだまま蟹のように這い降りることに決めた。そっと右足を伸ばして足場を探り、膝を屈伸させて重心を移動する。大きく開いた剥き出しの股間をササの葉がなぶる。背筋がぞっとするが、歯を食いしばって這い進んだ。二メートルほど降りたところで、犬の吠え声を聞いた。反射的に全身が緊張する。その拍子に、大きく踏み出した右足が赤土で滑った。尻餅をついた途端にスニーカーが脱げ落ち、沢筋に転がっていった。仕方ないので左足で足場を確保する。犬の吠え声に追い立てられるようにして這い進み、最終の岩棚までいって立ち上がった。わずか五十センチメートル下に沢水が流れている。気温も低く裸身が寒い。転がっているスニーカーを拾おうとして、岩棚から山沿いの地面に降りた。素足が冷たい地面を踏んだ瞬間、足首が千切れるほどの激痛が襲った。電撃に打たれたように身体が後ろ向きに倒れる。縛られた手に岩が当たると同時に高い音が響き、右足に激痛が走った。全身に痛みが走り回り、意識が遠のく。遠のいていく意識を繋ぎ止めようとして、仰向けになった身体の向きを変えた。再び全身に激痛が襲う。涙が溢れ、鼻水がこぼれた。霞む目で右足を見ると、大きく開いた股間の先で、不気味にねじ曲がっている。足首から吹き出している真っ赤な血が見えた。また意識が遠のいていく。犬の吠え声がすぐ側で響いた。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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