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5 初舞台に上がれ(3)

小さな希望の火が欲望の渦中に点ったが、背を向けたままのバイクの、燃える瞳を見た者はいなかった。
「さあ、チーフ。やっと出番よ」
震えの収まったバイクの肩に目を落としてから、自信を持って振り返ったママがカウンターのチーフに声を掛けた。
「気が進まないわ」
つまらなそうに横を向いてチーフが応える。
「聞こえていたはずよ。この青年は苦痛から開放されたがっているの。できるだけのことをするのが私たちの仕事でしょう」
ママが冷たく言い放す。チーフが小さく肩をすくめた。
「ずいぶん甘いショータイムね」
カウンターの中のチーフを見つめて、Mが声を掛けた。チーフの細い首の傷跡が、同意して大きく頷く。鏡に映ったママのスキンヘッドが、偉そうに後ろに反った。

「M。仕事の邪魔はして欲しくないわ」
「邪魔はしないわ。どう見てもバイクは、身の振り方で迷い続けているだけよ。可哀想な青年をS・Mショーの舞台に上げて、友達だというピアニストたちが楽しむのは悪趣味だと言いたいだけよ」
Mは、鏡の中のピアニストに視線を移して低い声で言った。
席を離れ、車椅子の横に立ったピアニストが、バイクの肩にそっと右手を置いた。

「しばらく会わない内に、MはMらしく無くなってしまったね。たかが性を楽しむのに、難しい理屈は要らなかったんじゃないのかい」
「見て楽しむだけの、スケベ根性が嫌いなのよ。少なくとも、バイクに勝手な楽しみを強要することは、いただけないわ」
「バイクが苦悩していることは事実だね、M。その苦悩を取り除く道が開けるかも知れないことも、また事実だ。試してみることをなぜ、Mが嫌うのだろう」
「バイクの自由な選択とは思えないからよ。ピアニストは医者の卵だから、自分の僭越さに気付かないのかも知れないね。私はどのような選択も、人それぞれの責任と人格にしか頼れないと思う」
「見解の相違かも知れないね、M。でも、今日はゲストなんだから、僕たちの新しい方法を見てもらいたいんだ」
「いいわ」
苦いものを飲み下すように言って、Mはマティニを口に含んだ。

私の求める性と、まったく違った性が求められようとしていると、Mは思った。
視界の隅で、チーフの唇が諦めたように歪んだ。チーフは勢いよくカウンターを出て、真っ直ぐ赤いドアに進む。会員制クラブ・ペインクリニックと打たれたドアを、大きく開け放った。

「天田さん。車椅子の前を持ってちょうだい」
車椅子を押しながら、ママが気軽に呼び掛けた。
二階に続く階段に渡したレールに車椅子を乗せ、ママと天田が慎重にバイクを運んで行く。
「イヤダッ」
突然バイクの口から大声が漏れたが、二人は素知らぬ振りで車椅子ごと運び上げる。
「さあ、Mも付き合ってよ」
赤いドアの前でピアニストが声を掛けた。
ナースも促すように、カウンターのスツールの後ろに立って、鏡の中のMを見据える。
三杯のマティニの酔いが回った頭が、異様な事態を拒絶していたが、Mは立ち上がって赤いドアに向かった。

黒い絨毯を敷き詰めた緩やかな階段を上る。敵地に乗り込む兵士のような感覚が頭を掠めた。何処でボタンを掛け違えたのだろうか。Mは不快な酔いの中で自問してみた。
しかし、階上の黒いドアが開かれても、答えはなかった。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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