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7 煉瓦蔵の裏で(6)

真っ直ぐバイクの部屋に入ろうとすると「待って」と押し止められた。
「祐子、このまま廊下の先まで行ってくれないか。お婆さんに会って欲しいんだ」
非常識なバイクの言葉に、祐子の裸身が怒りに震えた。たとえセックスをしたからといって、素っ裸のまま家族に会わせようという心理が理解できなかった。
「いやよ。どんな格好か見てから言って」
「お婆さんは分かりはしない。むしろこの格好がいいんだ」
動じる風もなく、かえって真剣な声でバイクが答えた。
「そんなに、お婆さんは良くないの。駄目よ、びっくりして死んでしまうわ」
「もう、死んでいるんだ。死体に会うのはいやかい」

信じがたい言葉に全身が鳥肌立った。しかし、嘘ではないだろうと、鮮明になった訪問時の記憶が冷静に答えた。潜り戸を開けて、風呂場を通ったときに嗅いだ変な臭いの記憶だ。水道山の下の老人ホームで、第一ヴァイオリンの老女の死体から漂っていたのと同じ臭いだ。死臭だった。死の臭いがいっぱい、この屋敷に立ちこめていたのだ。知らずに祐子は裸身を晒し、官能を追った。知っていたバイクも同じ性の道を歩み、甦ったペニスから射精さえしたのだった。過ぎたこととはいえ、戦慄しないわけにはいかなかった。

「祐子、そのままの姿をぜひ、死んだお婆さんに見せて欲しいんだ。きっと喜ぶ」
過酷な言葉だった。いくら自分で求めたこととはいえ、これまでの日常と比べ凄まじいほどの変わりようだった。ここまで人は、変わってしまっていいものだろうかと思う。私はまだ、十五歳なんだ。
しかし祐子は、きつく歯を食いしばってから、鳥肌の立った裸身を震わせ、大きく息を吸って廊下の奥へ向かった。忘れることの出来ない、耐え難い死臭が、肺の奥深くまで入り込んでくる。

廊下の突き当たりの座敷の前で、車椅子を止めた。
無造作に手を伸ばしたバイクが、襖を一杯に開いた。強い死臭が鼻孔を打つ。
八畳の和室の中央に布団が敷かれ、薄い夏掛けを被って小さなお婆さんが横たわっているようだった。天井から吊った照明が弱い光を落としている。
バイクの車椅子の後に祐子も続いた。歩く度にチクリと股間を刺す、陰毛の剃り跡が辛うじて勇気を与えてくれる。

布団の横に車椅子を進めたバイクが、祐子を振り返った。
「夏掛けを全部剥がしてやってくれ。お願いだ」
もう躊躇が許される場面ではない。言われるまま祐子は、夏掛けの端を持って一気に足下までめくった。
固く萎びきった、褐色のねじ曲がった死体が眼下にあった。強烈な臭いを別にすれば、人の死体とは見えないような屍だった。異国の神像が安置されているようにさえ見える。裸のまま、手を上に差し招くように延ばしている。肋骨の浮いた薄い胸で、萎みきった風船みたいに張り付いた乳房だけが生々しかった。

祐子は涙も出ない。突きつけられた圧倒的な死が、ただ深い悲しみだけを運んで来る。
「俺を風呂に入れた後、自分が着替えようとしている内に、突然倒れてしまったんだ。昼来たピアニストは心臓の発作らしいと言うが、無念だったと思う。俺のことを不憫がって、先には死ねないといつも言っていたんだ。無念さが死に顔に溢れていた。だから俺は、そのままにしていたんだ。不憫がられないように変われるかも知れなかったんだから。どう足掻いても無理だったが、祐子のお陰で、もう独りでいられる。だからぜひ、お婆さんに会ってもらいたかったんだ。本当にありがとう」

祐子の頬を始めて涙が伝った。懸命に自分の道を求めざるを得なかった、バイクのために流す涙だった。悲しすぎる人たちのために泣いた。

「訪ねて来たピアニストにお婆さんの死体が見付かり、明日、警察に届けることになった。もう会えなくなるかも知れないが、祐子のことは忘れない。俺は独りでいられるんだ」
「そんな勝手は許さない。お婆さんの代わりに毎日私が来る。バイクが自立するためにずっと協力する」
バイクの顔が苦痛に歪んだ。車椅子の肘掛けを両手で握り、力いっぱい身体を持ち上げた。剥き出しの股間で陰毛に埋もれていたペニスがむっくりと頭をもたげ、見る見るうちに固く勃起した。

「勝手な言いぐさだが、いつまでも祐子を素っ裸にして、股間を縛り上げているわけにはいかない」
確かにそうだと祐子も思う。チーフの言っていた協力の内容の陳腐さが今、痛い程良く分かった。
しかし、もう後に引くわけに行かなかった。帰るための橋など、初めから無かったのだ。死体を前にしたバイクは、独りでも生きていけるとは言ってはいない。お婆さんと同じ道を選ぶかもしれなかった。

後から後から流れる涙は、決して祐子の心を清浄にはしない。決まり切ったことだと心の中で言って、なおも祐子は泣き続けた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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