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7 煉瓦蔵の裏で(5)

鼻を啜っているバイクに縛った縄を解かせながら、祐子が冷たく言った。
「お風呂に入れるの。バイクの身体は臭かったわ」
全身を小さくしたバイクが黙って頷く。
「外から焚くんでしょう」
「今は大型のボイラーがある」
「じゃあ、毎日入らなくては駄目よ。今夜は私も一緒に入る」
言い捨てて祐子は、バイクをおいて風呂場に向かった。
ボイラーの温度を調節し、蛇口を一杯に開いて大きな湯舟に湯を入れた。もうもうと風呂場を被う白い湯気に包まれた裸身を、突然冷たい感覚が走った。バイクと一緒に暮らしているはずのお婆さんは何処にいるのだろう。湯気の中で白い肌が真っ赤に染まり、続いて全身に鳥肌が立った。襖を開け放したまま、明るい照明を浴びてあられもない姿態を晒したのだ。たとえバイクが、とてつもなく非常識だったとしても、お婆さんが在宅ならばできない行動だと思った。やはり天田が心配したとおり、入院しているのかも知れないと思う。風呂に入っていなかったバイクのことも得心がいく。

祐子はやっと胸をなで下ろした。湯舟の湯ももう、七分ほどになっている。
「ずいぶん早く湯が入るだろう」
背後に声が聞こえ、素っ裸のまま車椅子に乗ったバイクが、照れくさそうな素振りで廊下から渡された板を渡って来た。
車椅子を車止めに乗り上げたが、一人で降りることができない。降りるための台がないのだから当然のことだった。祐子が手を貸して簀の子の上に下ろした。改めて裸身を見るとずいぶん汚れている。嫌な臭いも、また鼻を突いた。

こんな汚い裸身を抱いたのかと思うと、初めての体験が情けなくなるが、初めての体験を理由にきっぱりと無視する。
桶に湯を汲んで何杯も、バイクの頭から浴びせた。
滑らないように気を付けてバイクを支え、そっと湯舟に浸ける。頭全体が湯の上にあることを確かめてから、隣に入った。
二人とも黙ったまま目を瞑って温めの湯に浸かった。全身に沈殿した疲労を、ゆっくりと湯が揉みほぐしてくれる。
祐子は思いきって頭全体を湯に沈めた。髪が濡れてしまっても、家まで二分の距離だ、気にすることはなかった。

「いいな祐子は、思い切ったことができて」
今夜のことで皮肉を言われたと思った祐子は、濡れた髪を振ってバイクを睨んだ。
「俺なんて風呂に入るのは命がけなんだ。頭まで潜ろうものなら浮力でバランスを崩し、溺れてしまうかも知れない」
確かにそうだと思った。人の痛みが分からぬものは救われないと、自らの不明を恥じた。
「バイクも一人で大変ね。お婆さんは入院したの。退院するまで、私が毎日来てもいいのよ」
「いや、お婆さんは家にいるよ。ただ、俺の世話ができなくなった。まあ、風呂が困るくらいなもんだけどね」
湯でほてった祐子の背筋を、また冷たい感覚が掠めた。やはりお婆さんは家にいたのだ。確かめないまま高ぶりに任せ、バイクを誘った自分が、今更ながら恥ずかしくなった。まだまだ未熟なのだ。

悄然としてしまった祐子にバイクが声を掛けた。
「そろそろ上がろうか。二週間振りの風呂で熱くなってしまった」
湯舟の中でバイクを支え、簀の子に上げてから祐子も上がり、造り付けの棚からバスタオルを取ってバイクの全身を拭った。ざっと自分の体を拭いてから、バイクを車椅子に乗せ、廊下に出る。二人とも素っ裸のままだ。祐子は、いつお婆さんに出会うかと思うと、心配でならない。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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