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9 五年遅れの卒業(3)

真っ赤なMG・Fがタイヤを鳴らして校門に飛び込んで行った。
人気ない正面キャンパスの中央で急停車する。
目の前の四階建ての校舎の屋上に座り込んだ男の姿が、Mの視界の端に映ったのだ。
エンジンが止まり、静けさの戻ったキャンパスに、頭上から大声が響いた。

「ユウコッ、高等部にようこそ。来てくれて本当にありがとう」
バイクの声で頭上を見上げた祐子が、素早くキャンパスに降り立って叫んだ。「バイクッ。降りてきて」
「祐子、今日は僕の卒業式だ。保護者同伴で来てくれてありがとう。コングラッチュレーション。グラジュエーション」

自分で「卒業おめでとう」と叫んだバイクの身体が、ふわりと宙に浮いた。

祐子の口に、声にならない叫びが溢れた。

Mの口が苦渋に歪む。

「ウオッー」
猛り立つ獣の唸りがバイクの口を突き、激しく落下した身体が一瞬止まった後、音もなく墜落した。
祐子とMの足下に衝撃が伝わる。足を絡ませながら祐子が、十メートル先のコンクリートの地面に急ぐ。

屍を視野の中央に据え、Mが大声で祐子の背に呼び掛けた。
「行っちゃ駄目」

呼び掛けながら、Mも走る。
祐子は、ぐったりとしたバイクを抱え起こそうとする。頭の半分が砕けた死体に縋り付いた真っ白なセーラーの胸が、見る間に血で赤く染まる。その頭上に、ちっぽけな肉片が落下してきた。

金網のフェンスに繋ぎ止められたギターの弦から、ちぎり取られたペニスが落ちてきたのだ。
肉片と化した血染めのペニスは、バイクが置き去りにした焼酎の瓶の隣に落ちた。萎びきった肉片の横で、青い瓶だけが勃起している。

一瞬、わけが分からず呆然とした祐子が、ペニスを認めて「ヒー」と悲鳴を上げた。
バイクの屍を離して、よろよろと立ち上がる。

手と胸を赤く血で染めた祐子が、屍の傍らで全身を戦かせている。
祐子の手から離されたバイクは、残った顔の半分で空を見ていた。何物をも訴えることのない、無となった目が大きく宙を睨んでいる。Mは屍の前に跪き、右手でバイクの瞼を下ろした。

上着の胸ポケットから飛び出している、白い画用紙を引き抜く。
背後から、事件を知って駆け付けて来るらしい、大勢の足音が聞こえる。

Mは画用紙を広げて目を通した。
読み終わると同時に、怒りが全身を突き抜けていった。
胸を張って祐子に近付き、画用紙を突き付ける。
祐子の震える手が紙を掴むと、Mはそのまま屈み込んで焼酎の瓶を握った。死に行くバイクが、今生の思いを込めて呑んだに違いない酒だった。バイクも祐子も悲しすぎた。

周囲を取り囲む高校生たちにお構いなく、瓶に口を付けて焼酎を煽った。喉を焼く悲しい酒が胃に収まったとき、Mはきびすを返して群衆を手で押し分けた。
「Mっ。何処に行くの」
立ち尽くしている祐子の、震える声にも振り返らず、はっきりと大きな声で言った。
「もう、あいつらを許さない」
黒のパンツとタンクトップのMが、喪服姿で斎場を後にする修羅のように、背筋を正してMG・Fに向かう。右手に下げた酒瓶が異様だった。
二、三歩Mを追った祐子が、手に持った画用紙に気が付きその場で広げた。黒のサインペンで書いた大きな文字が、画用紙一杯に躍っている。

 卒業
 俺の決心はついた。
 桜の花は咲かない、梅の香もない
 キョウチクトウとヒマワリに彩られた卒業式だ。
 五年遅れて俺は、
 高等部を卒業する。
 ありがとう祐子、
 お前の入学まで待てなかった俺を許してくれ。
 そして、なお許し続けてくれるなら、
 祐子が甦らせてくれた性を、
 あの世で迷っているに違いない映子と、
 共に楽しむことを許せ。
 俺は祐子を利用したのではない。
 祐子のお陰で生まれ変わって、今旅立つ。
 今生の誠意の証に、
 俺のペニスをもらってくれ。



身勝手だった。根性無しにもほどがある。あっけらかんとした涙が、初めて祐子の頬を伝った。

涙に気付いても、取り立てて悲しみも浮かんでこない。バイクはバイクなりに、やっと自分の道を見付けたのだと思った。
バイクは死に、私は生きる。一緒に生き方が変わった者同士、道が二手に分かれただけだと思う。ただ、二度と交差することのない道を行くだけだった。祐子は、決して、自ら死を選ぶことはないだろうと確信した。
誰しも、自分の死を自由に演出する権利はあるのだ。
自由に生まれ、自由に生きることが許されない人が、その死を自由に演出することは、素直に認めようと思った。バイクはあんなに気に掛けていた映子と、同じ姿で死ぬことができたのだ。まずは上々だと思わなければ可哀想だった。祝福して上げたいとさえ思う。

バイクの卒業は、決して早過ぎもせず、遅すぎもしない。彼自身が選択した結果だった。その道筋をクラブ・ペインクリニックが見出してくれたに過ぎない。
血相を変えて、クラブ・ペインクリニックに抗議に行ったに違いないMを、早く止めようと思った。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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