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- 2011/04/17/Sun 15:00
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- 第4章 -卒業-
ぼんやりと点る廊下の明かりの下で、バイクは五十五回目のダイヤルを回した。呼び出し音しか聞こえない受話器に大声で呼び掛ける。
「ユウコッ俺だ、すぐ来てくれ」
叫んでから受話器を乱暴に投げ出す。暗い天井をしばらく見上げ、また受話器に手を伸ばした。五十六回目のダイヤルを回す。
雷鳴を聞きながらバイクは、何回となく受話器を取っては、そのままダイヤルせずに置いた。やっと決心が付いて、祐子の番号をダイヤルできたときはもう、呼び出し音しか聞こえてこなかった。あっけない結末に、あれほど逡巡したことも忘れ、バイクは狂ったようにダイヤルを回し続けている。
たった一つ天井に灯した侘びしい明かりの他、広い廊下を照らす光はない。幅一・五メートル、長さ九メートルの真っ直ぐ延びた廊下の先は、闇の奥で直角に曲がって玄関に通じていた。
厚い檜を張った廊下に車椅子が直接置かれている。所々ささくれ立った板が、荒廃した旧家の様子を見せていた。
南に面した雨戸はすべて閉められている。三つ並んだ座敷の障子も立てられたままだ。電話を置いた奥は、台所と風呂場に通じていた。
「祐子」と力無くつぶやいてから、また受話器を戻した。
どこに祐子は出掛けたのだろうと思った。今日は土曜日だ。つい二か月前までは、祐子と連れだって散歩に出掛ける日だった。
あの夜を境に、バイクは織姫通りで祐子を待つのをやめた。無様な裸身を祐子の目に晒したことが恥ずかしかったのだ。しかし、クラブのママと天田に勧められるまま毎週末、淫らな姿態を舞台で演じた。性の回復への期待が、バイクをクラブへと通わせていた。あの夜下半身に点った小さな火は、ずっと消えずにいたのだ。だが舞台の上で、萎みきったペニスが勃起することはなかった。かえって、性感の火が点ったことで妄想が燃え広がり、しきりに祐子の身体を求めた。
舞台に上げられる度に恥辱で全身が戦いたが、勃起することで得られるかも知れない、祐子と同じ地平に恋い焦がれた。一方的に叶えられない夢ではなく、叶うかも知れない可能性へと、ぜひ這い上がりたいと思った。
しかし、妄想は妄想に過ぎない。いるはずのない祐子の姿を、手練手管に長けたチーフやナースの裸身に思い描いても、ついに虚しさだけが残った。
そして、夢が叶う前に一切が閉ざされることになってしまった。
今日の昼、初めて家を訪れたピアニストがすべてを見届け、因果を含めてから帰って行った。
「早く葬式を出せよ。バイクには、いい施設を捜す」
無理を通して、明日まで返事を待つことを了承させた。祐子に電話する気持ちも、その時生まれた。しかし雷鳴を聞きながら決心を固め、何度電話を掛けても祐子は出ない。
車椅子の背に頭を預け、大きく上半身を反らせた後、バイクはまた受話器に手を伸ばした。無音の受話器を耳に当て、ダイヤルに指先を当てた。
その時、背後の風呂場から物音が響いてきた。外の焚き口に通じる戸がギィーと高い音をたてる。
「バイク、いる」
はっきりと幻聴が聞こえたと思った。祐子の声が静まり返った屋敷中に響いた。ペニスの奥で、むず痒い感触が揺れた。