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5 初舞台に上がれ(6)

なかば口を開いたままの天田の喉で、唾を呑み込む音が響いた。
羞恥に悶え、ヨチヨチ、ヨチヨチと尻を振り、腰をうねらせ、喘ぎ声を上げながら、チーフは舞台を歩いた。
黒縄が食い入った尻の割れ目を目掛け、ナースの振り上げた鞭が飛んだ。
皮膚を打つ鞭音と同時に「ヒィー」と長く延びたチーフの悲鳴が響いた。
鞭は何回もチーフの裸身を襲う。その度にチーフは悲鳴を上げ、股縄に戒められた尻を振ってヨチヨチと逃げ惑った。隠微なドラマが舞台を圧し、日常の感覚が消え失せていく。
赤いミミズ腫れを幾筋も尻に浮かせたチーフが、なよなよと裸身をくねらせてからバイクの足下に座り込んだ。

「ねえ、バイク。もう耐えられない。びっしょり濡れてしまった股間縄を外してください」
立ち上がって背中を見せ、鞭痕の残る尻をバイクの目の前に突き出し、悩ましく揺らせた。
顔中に脂汗を吹き出させたバイクが、股縄を解く。同時にナースがバイクを抱え、天田がスツールを取り去った。バイクの裸身が舞台の上に横臥した。曲がったままの痩せこけた膝頭が小刻みに震えている。そのバイクの顔の上に、緊縛されたチーフが跨り、静かに腰を下ろしていった。

「ねえ、バイク。私の恥ずかしく濡れたあそこを舐めて」
反射的にバイクの口が開き、待ちきれないように長い舌が伸びた。犬のようにチーフの股間を舐め回す。
バイクの顔を跨いで不自然な中腰になったチーフが、初めて顔を振り向けてMを見た。誰も見ていないことを確かめるように視線を泳がせてから、にっこりと笑い、片目を瞑った。迫真の演技に呑まれていたMも、やっとの思いで笑顔を返す。

鏡に映ったチーフの仕草を見たピアニストが、Mの方に歩いて来た。
「あまりの迫力に喉が渇いたの」と言ってMがグラスを差し出すと、立ち止まって首を振った。
「要りません。ただの茶番ですよ。喉が渇くはずもない。下のサロンで留守番をしてきます」
つまらなそうに言ったピアニストは、Mの返事も待たずにドアを開け、階段を下りて行った。


祐子の身体の中を長い時が流れた。MG・Fの中で夜明けを迎えるのだろうかと思ってしまい、ダッシュボードの白い時計を見る。
時計の針は十時三十分を指していた。まだ二時間しか経っていない。
「二時間も無駄にしたんだわ」
祐子は声に出して、消極的な考えを振り払おうとした。
「店に乗り込むぞっ」
大声で言ってから、そっと辺りを見回す。相変わらず人影は無い。
小心な優柔不断ぶりに嫌気が差し、とっさに幌の掛け金を外す。とにかく行動することが一番だと直感した。
素早く幌を後ろに畳み込む。オープンになった車内に冷たい外気が雪崩れ込んだ。反射的に全身が鋭く引き締まり、壮快な気分になる。とにかくやるんだ。
祐子は車内に入った時と同様、ミドシップのエンジンルームを乗り越えて地上に立った。考える時間を自分に与えぬよう、動き続ける。
急ぎ足でサロン・ペインと書かれているはずのドアの前まで行き、文字も読まずにドアを開けた。

後ろ手にドアを閉めると、目の前に白い電話が見えた。いい趣味だと思うと、妙に気持ちが落ち着いてきた。ガラスの自動ドア越に店内が見える。赤と黒だけのインテリアが、堂々とした雰囲気で威圧してくる。

耳にピアノの音が聞こえた。
軽快な乗りのジャズだ。父の好きな「ユード・ビ・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」の調べに、思わず口元が緩んだ。胸を張って自動ドアを通り、店内に入った。だが、誰の姿も見えない。Mもいない。

「いらっしゃい」
背後からの出迎えの声に、内心ぎょっとして振り返った。フロアの奥の黒いグランドピアノに向かった青年が、ピアノを弾きながら顔を上げて微笑み掛けている。
家族一緒の外出時に、訪問先の家庭でよく見掛けた屈託のない笑顔だった。この店にも、私と同じ環境で育った青年がいるのだと思った。精一杯気負い込んでいた気持ちが、もろくも挫けそうになる。決して好きになりたくはない家庭環境が、つい懐かしくなってしまう。
「今晩は。お上手ですね」
思わず、家の躾が顔を出してしまった。
「ありがとう。君にはこちらの曲がお似合いだ」
ヴェートーベンの「エリーゼのために」が、流麗に流れてきた。素晴らしい演奏だと思う。しかし、自分の幼さを見透かされたような気がして、姿勢を正し、胸を張って、あごを引いた。また、勇気が甦って来る。
「素敵なお嬢さんが、こんなところに何の用で来たの。酒を飲みに来たとは思えないし、ひょっとして、僕のピアノが外まで聞こえたのかな」
「ピアノは素敵だけど、強すぎる自尊心はあなたに似合わない。人を捜しに来たんです」
「参ったな。十年後に、絶対会ってください。きっと君もそっくりになっている」
「言っている意味が分かりません。二時間前に車椅子に乗った人が来ませんでしたか」
「ああ、君が祐子さんか。道理でMに似ている」
大きくうなずいたピアニストが、うれしそうな声で言った。
名前を呼ばれ、祐子はどきっとした。二時間の内にどれほどのことが、このサロンであったのだろうか。ピアニストは祐子のことを、Mと似ているとさえ言ったのだ。

また曲が変わった。ショパンのスケルツォの二番を弾き始めた。演奏するというより弾き流す感じだ。ずいぶん音を省いている。
「バイクもMも、二人とも二階にいますよ。横の赤いドアが階段に通じている」
「ありがとう」
頭を下げて、赤いドアに向かった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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