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1.予期せぬ再会(3)

「私はM。ミツオ、もう私を忘れてしまったの」
顔を伏せたまま、しばらく間を置いてから少年が首を横に振った。
「ミツオ、私を見なさい」
できるだけ普通の声を出そうとしたが、M自身にも優しすぎる声に聞こえた。
Mの呼び掛けに、少年は反射的に顔を上げる。血走った大きな瞳の縁に、うっすらと涙が浮かんでいる。
「M、」
全身から声を吹き出させるようにして叫び、光男はMに縋り付く。勢いにバランスを崩し、Mも一緒に倒れ込む。

「M、M、」
呻くように、喘ぐように、光男は声に出して名を呼び、倒れたMの身体を撫で回す。
Mの目の前に、涙で濡れた光男の顔があった。大きく見開いた目から、止めどなく涙が溢れている。瞳の奥に、小さく身体を丸めてMをうかがう少年が見える。幼かった頃そのままに、全身で救いを求めていた。
Mは身体の力を抜き、光男の顔に頬を寄せた。冷たい涙の跡がMの頬を濡らす。頬をずらし、目元に唇を当てる。目の縁に舌を這わすと、よどんだ海の味がした。シンナーの刺激臭がまた、鼻孔を打った。
「しょうがない子ね」
耳元でささやくと「ウー」と尾を引いた嗚咽が洩れ、光男の全身が小刻みに震えた。

ひとしきり泣き続けた光男は、シンナーの酔いから急速に立ち直ってくる。
あっけないほど落ち着いた声が、Mの耳を打つ。
「ごめんなさい、M。ひどい姿を見せてしまった。僕を嫌いになった」
余りにも早い回復振りにMは戸惑う。しかし、素知らぬ顔で右肘を芝生に立てて、半身を起こした。
頭を芝生に寝かせたまま、顔だけMに向けた光男を見下ろし、優しく笑い掛ける。
「六年経っても、光男は変わらないわね。びっくりはしたけれど、嫌いにはならない。だって、あなたは病気なんだから。一緒に病院に行ってやるわ」
「そう。Mも病院に行ってくれるの。うれしいな。実は僕、夕べ遅く病院へ行ったんだ。でも、研修に行っていて留守なんだよ。仕方なく、ここでシンナーを吸って野宿することになっちゃった」
Mには光男の言うことが理解できない。病院を勧めたら、もう通っているような口振りをする。誰かが留守のため、寒い公園で夜を明かしてシンナーを吸っていたのだと言う。不可解すぎる言動だった。まだ、シンナーの幻覚が続いているのかもしれなかった。

「ねえ、光男。あなたの言うことは、よく分からないわ。掛かり付けの病院があるってこと」
「そう。市民病院のピアニストと友達なんだ。ピアニストは麻酔科医。でも、学位を取るために都会に通っているから、留守の日もある。夕べはたまたまその日にぶつかって、薬がもらえなかったんだ。薬がないと怖くて、とても眠れない。駅前で外国人からシンナーが買えてよかったよ。お陰で眠れたけど、Mに見付かってしまった」
今度はMにも意味が分かった。分かったどころではなく、ピアニストの消息も知れた。何となくいかがわしくはあったが、市民病院の勤務医になり、学位取得を目指しているらしい。その点では文句はなかった。

「学校はどうしているの。光男は命門学院の高等部でしょう。確か祐子と一緒なんじゃない」
「そう。僕は休学しているけど、祐子は三年生」
休学という言葉が耳に残ったが、今さら事の顛末を聞く気にはなれない。恐らく、光男の精神の状態に起因しているらしいことは、これまでの話しぶりから推測できた。
「祐子とは会っているの。六年生のとき、好きだったんでしょう」
「祐子はまぶしすぎる」
特に感慨もないように光男が言い切る。話題は病院に戻るしかない。もうすぐ外来も始まるはずだと思い、汚れた顔をのぞき込んで光男を促す。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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