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4.突然の招き(7)

「よく生きていけるね」
つぶやくように言って、理事長が視線を上げた。Mは正面から理事長の視線を受け止める。
「Mは寂しくはないか。そして不安にならないか。この世界の者が、みんな見知らぬ世界に行ってしまい、ただ独り残されてしまう恐れを感じないか」
「感じるわ」
「それでも、信を持って生きる者を許さないのか。徒手空拳で生きられない者と言って嘲笑うのか」
「笑いはしない。ただ悲しいだけ。効率という呪文に追い立てられ、ありのままに生きられないことが悲しい」
「悲しみは何も産みはしないよ。子供さえ産めない。性の喜びの中から人が生まれることは、もう知っているはずだ」
言い古された俗説が理事長の口に上がった。いかにも説得力のありそうな言葉だ。しかし、官能は喜びだったろうかと、Mは惑う。あれほど求め続けた官能はすべて、滅びることを前提にしてあったようだ。官能自体が創造なのだから、生殖という創造のための手段になる道理がないと思う。それに理事長は、連綿と続く命の連鎖には夢を託さないと言ったのだ。

「単純なことなのだよ。Mの考え方自体が悲しいのだ。事実を見て、そして希望を持つことだ。例えばチハル」
理事長が言って、後ろに控えるチハルを振り返った。
「チハルはコスモスのユニホームを着ているが、事業団の職員ではない。いわば私の個人的な秘書だ。チハルは私を通じてコスモスのパワーを見た。混沌とした闇を抜け出し、秩序ある創造が行われると信じたのだ。彼女の将来に架ける夢を、私なら実現できると思ったからだ」
一瞬、チハルの目が輝くのがMに見えた。純粋で美しい瞳だった。

「チハル、ユニホームを脱いで裸になれ」
Mに視線を戻した理事長が、突然厳しい声で命じた。
「でも、」
口を濁して抗うチハルに理事長の叱責が飛ぶ。
「私情は許さない。信じたことに従えばいい。お前は美しい」
「はい」
短く答えたチハルが、その場で白いユニホームを脱ぎ、下着を取り去って全裸になった。少年のように美しい裸身が、フラットな照明の中に惜しげもなくさらけ出された。

「テーブルに上がって、横になりなさい」
理事長の命じるままに、チハルは紫檀のテーブルに上を向いて横たわった。
Mと理事長の間に、素っ裸のチハルが目をつむって横たわっている。チハルの自由意志は、光の射し込まぬ穴底に封殺されてしまった。

「何か意味があるのですか」
理事長の命令が演出した場面に居たたまれず、Mが尋ねた。
「美しさに、意味など要りはしない」
にべもなく言い切った理事長が立ち上がり、チハルの裸身とMを交互に見下ろす。自分自身に納得させるように、誰にともなく話し始める。

「もう死んでしまったが、チハルの父の薦めで、私はこの子を秘書にした。チハルの家は代々続いた古くからの機屋だ。私の父は機屋の織機を修理するのが仕事だった。その機械技術がコスモスの基礎となって、ハイテクゲーム機が生まれた。効率を追った新しい技術が、この街の産業を変えたのだ。しかし、チハルを見るがいい。滅びてしまった機業家の残した美しい肉体が、今度は新しい秩序のデザインに関わろうとしている。これを希望といわなければ、希望などは存在しなくていい」
理事長は、そっとテーブルの上に屈み込んだ。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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