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1.予期せぬ再会(4)

「さあ、行きましょう」
呼び掛けに答えもせず、光男は横になったままじっとMを見つめている。
「Mはどうしてここへ来たの」
改めてMの存在を疑うかのように、不安そうな声で尋ねる。
「私は都会から車で出掛けて、今着いたところよ。新しくできた公園を見学していたら、この寒いのに日向ぼっこをしている、変な少年を見付けたってわけ」
「今も広告会社にいるの」
光男たちの住む鉱山の町へは、広告の仕事で行ったのだった。六年も前の仕事を、よく光男は覚えているとMは思った。もう、遠い過去のことだ。既に何回も職を変わっている。煩わしいくらいだった。
「広告会社にはいないわ。都会にある福祉関係の特殊法人で、機関誌の編集をしているの。今日は高齢者福祉特集号の取材で来たのよ。光男はコスモス事業団って知ってる」
「知ってるよ。ピアニストの病院もコスモスが持っているって聞いたことがある」
「でも、市立病院なんでしょう」
「詳しいことは知らないよ。市が病院を借りているって話さ」

光男の言葉でMは、事前調査の資料を思い浮かべた。確か、コスモス事業団のパンフレットで「在宅高齢者の訪問医療にも効率的に力を入れていく」と、理事長が抱負を述べていたようだ。光男の暮らしぶりも気になったが、Mは早くコスモス事業団の取材に手を着けたかった。三年振りの市は、早々とMに疲労を強いるように思える。

もう私は若くはないとMは思う。年が明ければ三十五歳になる。二時間の運転でさえうんざりしてしまった。たとえ懐かしい光男だろうが、立ち入らないで済む問題なら、そのまま済ましたい心境だった。
「さあ、病院に行きましょう」
気分を変えるように、勢いよく立ち上がったMが、光男に手を伸ばして言った。促されるまま返された光男の右手を握り、力いっぱい手元に引く。女のように細い手首が、今にも折れそうだ。

「痛いよ」
泣き声で訴える光男の横に屈み込み、片手で肩を抱いた。
ゆっくり抱き起こすと、足下をふらつかせて光男が立ち上がる。そのまま脇に手を回して二人で歩き始める。光男の身長は百七十センチメートルほどだ。肩も、ウエストも、スリムというより華奢といってよいほど脆く感じられる。
「スポーツはしないの」
ふらつく歩みが惨めに思え、Mが尋ねた。
「そんなもの嫌いだ」
「何が好きなの」
にべもなく言い切った光男に、反射的に問い返した。
「独りでいるとき。ピアニストといるとき。そして、Mといるとき」
甘えきった幼児が、身体を支えられてヨチヨチと歩いているのだ。Mには他に理解の仕様がなかった。子供のままでいたい少年にとって、構ってくれる大人は皆保護者に見えるのだ。肉親が注ぐような思いやりは、決して光男のためにはならないだろうとMは思った。十年後も少年でいられる道理はないのだ。

Mは口をつぐんだまま光男を支え、遊歩道を上って歩道に出た。
「さあ、乗りなさい」
歩道の縁石に沿って止めてある、オープンにしたホンダ・ビートのドアを開ける。狭い車内に窮屈そうに収まった光男を確認してから、運転席に回った。
「ずいぶん小さい車に替えたんだね。前のスポーツカーの方が似合っていたよ。Mも大変なんだね」
Mが運転席に座ると同時に、光男が言った。鉱山の町で乗り回していたロードスターと比べられたのだ。おまけに、経済状態まで推し量っている。まったく自分勝手な子供のままだと思ってしまう。
「都会では小さな車の方が便利なのよ」
答えながら思い切りアクセルを踏んだ。かん高いエンジン音の割には、期待していた加速感がない。やはり田舎では大きい車がいいとMも思った。

「いつまでいるの」
フロントガラス越しに巻き込む冷たい風に乗って、光男の問いが流れた。
「一週間の予定よ」
Mの声が、十二月の街に響き渡った。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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