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2.事業団と医師(7)

「光男の寝顔を見ていくかい」
Mの気持ちを見透かしたように、ピアニストが尋ねた。
「やめておくわ。私は光男の保護者ではないもの」
「そう。いつになく冷たいんだね。取材を控えているせいかな。コスモスを取材するんだってね。立派な組織だよ。ぜひ、全国に知らせて欲しい」
席を立ちながらピアニストが言った。

もう面会時間は切れたのだろうとMは思った。立派な組織に立派な病院、立派な秘書に立派な医者。この市に帰り着いた早々から、うんざりする時間の連続だった。救いを求める光男の顔がまた、脳裏をよぎる。私は、その光男の顔さえ見ていこうとはしない。
Mは頭を左右に振って、光男のイメージを振り払ってから立ち上がった。

上着を着け終わると、ピアニストが背後からコートを着せ掛けてくれる。Mの耳元に口を寄せ、そっとささやき掛ける。
「時間があったらぜひ、サロン・ペインを訪ねてくれ。きっとチーフが喜ぶ」
「あの店を何故閉めないの」
「僕がピアノを弾けなくなるからさ」
Mの耳元にピアニストの笑う息が降り掛かった。久しぶりに下半身が怪しく疼く。
チハルとの会談に続いて、ピアニストまでが今、似たようなことを口にした。コスモス事業団とサロン・ペイン。何の関係もないはずの二つのキーワードが、何の根拠もないままに、消えかけていた官能の予感をくすぐる。


全身に疲労を浮かべてMが病院の玄関ホールに出ると、待ちかまえていた天田が近寄って来た。
「これが代車のキーだよ。理事長は帰ったから、専用駐車場に駐車してある。M、うまいことやったよな」
薄笑いを浮かべた天田の手から、Mは見慣れたキーを取った。
「天田さんは、コスモスに勤め替えしたの」
「俺は市役所にいるよ。でも、コスモスも今は市役所みたいなもんさ。良く書いてくれよな」

背に投げ掛けられた天田の声を無視して玄関を出る。
目の前に懐かしい真っ赤なMG・FがMを待っていた。ぴかぴかの新車だ。ドアを開け、黒い幌を巻き上げてオープンにする。ガソリンは満タンで、走行距離は五千キロだ。イグニッションを回すと、背中でミドシップのエンジンが低く応えた。素早くギアをリバースに入れ、アクセルを踏み込む。タイヤを鳴かせてバックした車体を即座に立て直し、鋭い加速で前進する。寒い風を切ってバックミラーの中で病院が遠ざかる。極めて爽快だった。

ピアニストと違い、信じられるものなど、どこにもないとMは思う。ただ事実だけを、きっちり見据えるだけだ。
とにかく、久しぶりに乗るMG・Fに文句はなかった。どんないわれの車にしろ、車に罪はない。
正午の太陽を正面に見て、Mは市役所へと向かう道にMG・Fを駆った。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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