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2.事業団と医師(2)

「待ちなさいよ」
去って行く二人の背に叫ぶと、残った男がニヤニヤしながら近付いて来る。
「やあ、Mじゃないか。久しぶりだね。でも、朝から大声を出さないでくれ」
顔中に下品な笑みを浮かべたケースワーカーの天田が、立ちふさがる秘書と並んで馴れ馴れしい声を出した。
追突事故の相手に去られてしまったのでは、取り残されて大声を出すMは、まるでピエロのようだ。おまけに、天田の出現では最悪の気分になる。たとえ三年前に、無様な裸身を天田の目に晒したからといって、身体を探るような下品な視線は許せなかった。

「おはよう、ケースワーカー。病院の看護士に転職したのなら白衣を着るべきね」
「相変わらず元気がいいね。俺は市のケースワーカーのままさ。福祉医療って言葉も覚えておいた方がいい。三年振りで現れたと思ったら、もう、うちの理事長に絡んでいるんだから頭が下がるよ」
「天田さんの知り合いだったの。助かったよ。理事長が車をぶつけてしまって困っていたところなんだ」
先ほどまでとは打って変わり、粗野な口調で秘書が天田に訴えた。目の前で秘書の長い髪が揺れ、左の耳でダイヤのピアスが光った。小柄だが、よく引き締まった少年のような肢体に、長い髪は似合わない。ひょっとして、営業用のヘアピースかもしれないとMは思った。

「よりによってMの車にぶつけるとは、理事長さんも間が悪い。どうせポンコツ車だろうが、高くつくよ。チハルちゃんも大変だ」
天田の言葉に我が意を得たとばかり、秘書が乱暴な口振りで訴え続ける。
「それが、この人は私を相手にしようともしないんだ。理事長に食い下がろうとしている。大コスモスの理事長さんが済まなかったと言ったんだから、それでいいじゃないか」
「天田さん。私をやくざのように言うことは許さないわ。それに、あの白髪の男がコスモス事業団の理事長とは初めて聞いたわ。写真とはずいぶん違うのね」
二人の子供じみた会話に、Mが釘を差した。

「へえ、Mは理事長の写真を見たことがあるのかい」
「見たことがあるかもないもんだわ。まだケースワーカーをやっているのなら、市長宛に出した取材依頼を知っているでしょう。私は月刊ウェルフェアーの編集者として来ているのよ」
「えっ、いつの間にそんなところに潜り込んだんだい。取材の話は聞いている。理事長にも市長を通して依頼してある。でも、まさかMが取材に来るなんて知らなかった。偉くなったもんだね」
「偉くなんか無いわ。でも、取材妨害はさせないわよ」
Mの厳しい声に、秘書の顔が引き締まる。得心がいったように小さくうなずき、さり気なく口調を改めて二人の間に入る。
「ウエルフェアーの方とは存じませんでした。取材の件は、私が理事長から申し遣っています。追突事故も何かのご縁でしょうから、ここで事前のお話を伺います。ご了承ください」
「ええ、いいわ。まず秘書の方を通すのが礼儀ですものね。でも、先に私の車の損害を見てからにしてくださいますか」
「それには及びません。理事長は、悪いようにはしないと申したはずです。その様にさせていただきます。天田さん。済みませんが、病院の応接室を借りてください。私たちは先に行きます。さあ、どうぞ」
手慣れた調子で先に立った秘書が、丁重にMを玄関に案内する。市職員の天田が足早に病院の事務所に向かった。コスモスの権威は絶大のようだ。

一般用のエレベーターの裏にある、立派なエレベーターに案内された。コールボタンを押すと、待ちかまえていたように扉が開いた。床には厚い黒の絨毯が敷かれている。秘書が十階のボタンを押した。
「このエレベーターも理事長専用なの」
静かに上がって行く方形の空間でMが尋ねた。
「幹部専用です」
秘書が短く答え、Mの顔をまじまじと見上げた。妙に思わせぶりな態度がMの気に障る。
「そう。病院というより会社みたいね。ところで理事長の今朝の予定は何なの」
「高齢者訪問看護事業の最終決定会議です」
今度は、そらんじるような機械的な声で秘書が答えた。悪意さえ感じさせる対応に、Mは戸惑う。もう一度確かめようと言葉を探したとき、エレベーターが止まった。速い。

「応接室へどうぞ」
腰を屈めて案内する秘書に促されて、廊下に出た。
クリーム色の絨毯が敷かれた広い通路の両側に白木の壁が続き、所々に重厚なドアがあった。案内されるまま突き当たりのドアの前に立つ。樫材の分厚いドアが開けられると、目の前に市街が広がっていた。大きな一枚ガラスの向こうに、朝日を浴びて輝く水瀬川までが見通せる。美しい眺めだった。
「どうぞ、ソファーにお掛けください」
ドアを閉めた秘書がMに席を勧める。部屋自体は十畳ほどの変哲のないものだった。
窓に向いた白いレザー張りのソファーにMが座ると、低いガラスのテーブルを挟んで秘書が席に着いた。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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