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3.それぞれの夜(2)

「上手になったわね」
スツールに座ったMが、チーフの手元を見つめながらしみじみと言った。
「もう、完璧にプロの手並みでしょう」
うれしそうに応えたチーフが、マティニのグラスにオリーブを添えた。
「おいしい」
マティニを一口飲んだMが、満足そうに言った。
「そう。良かったわ。今夜は閉店にして私もMと飲もう」
浮き立つ声で言ったチーフが看板灯のスイッチを切り、ビールとグラスを持ってMの隣に座る。
「そんな簡単に店を閉めてしまっていいの。私のことなら構わないで」
「Mがよくても、私が困るわ。私もオフにさせてよ」
「店が潰れてしまうわよ」
「これで、結構はやっているの。お金は取れるときに取ればいいのよ」
Mはあきれた顔で、チーフのグラスにビールを注いだ。浮き立つように喜んでいるチーフを見ては、強いて店を開けさせていることはできない。チーフの歓迎を、喜んで受け入れるべきだと思った。

ひとしきり、女二人の酒盛りが続いた。三年間の懐旧は、酒の肴になる話題を欠くことはなかった。チーフは独りで店を切り盛りするまでの経過や、街の様子などを話し、Mは今回の訪問の目的や都会での生活のことを話した。

話は二人に共通した人たちの話題に移る。
三年前に店にいたママとナース。そしてピアニストと天田。不思議に祐子のことは話題に上らない。チーフが避けていることもあったが、今朝の光男の一件が、Mに子供たちを煩わしく思わせていた。酒を飲みながら未成年の話をする必要もなかった。

「そう、ママは都会に帰ったのね。きっと満員電車の中で、思い切り足を踏まれたかも知れないな」
「それからナース。ねえ、M。彼女は鉱山の町に帰ったのよ」
酔いの回ったMの耳に、鉱山の町の話題は衝撃的だった。
「ひょっとして、元のさやに収まったの」
「そう。どうしても子供のことが不憫だと言って、ナースは別れた亭主に会いに行ったの。どんな亭主だって、現在のナースの献身振りにはかなうはずがない。会った途端にメロメロになってしまって、一緒に暮らすことになったっていうわ」
ナースの豊満な肉体と、苦虫を噛みつぶしてろくろの前に座る陶芸屋の姿が、Mの脳裏に浮かんだ。

「M、ナースの子が来週からここに泊まるのよ」
「えっ」と応えたまま、Mは先の言葉が続かなかった。
いたずらそうな目を輝かせていた小学校六年生の修太が、Mの心の隅で笑った。修太も来年は十八歳になる。
「大学受験に備え、予備校の冬期補習に参加するんですって」
言葉を呑み込んだきりのMに構わず、チーフがビールを注ぎ足しながら話を続ける。
「田舎の高校では実力を量ることができないから、市の予備校生に混じって補習が受けたいって言うのよ。ナースに似て真剣な子なので感心してしまったわ」
Mは黙ったまま五杯目のマティニを口に運んだ。
祐子の次は光男で、もうじき修太との対面も控えているらしい。酔いの中から積もり積もった重い疲労が頭をもたげてくる。

「チーフ。ナースの子は修太というのよ。私は六年前に、鉱山の町で一緒に住んでいたことがあるの」
今度は、チーフが目を丸くしてMの横顔を見つめた。
「三年前にはここで、ピアニストと一緒に住んでいた話を聞いたわ。同じように修太とも暮らしたことがあるの」
「そう」
「この前は確か、ピアニストの家族全員と性的関係があったと言っていたわね。修太の場合も同じ意味なの」
「ええ、でも、その話は後にして。私は帰る。疲れてしまった」
酔いの回った頭を振って、Mは下を向いたまま面倒くさそうに言った。

「帰るって、M、どこに帰るの。お願いだから今夜は泊まっていって。ねえ、いいでしょう」
隣からチーフが抱き付いてくると、Mの身体が大きく揺れ、カウンターにうつ伏してしまった。グラスが倒れ、残っていた酒が服を濡らした。
「ほらご覧なさい。帰るなんて無茶よ。二階に行きましょう。クラブ・ペインクリニックを改修して住居にしたの。広すぎるくらいだから、二人ならちょうどいいわ」
Mはチーフに右手を取られ、クラブ・ペインクリニックに続いていた階段を上った。
三年前の悲惨な記憶が甦り、市民病院でチハルがうそぶいた言葉が耳を掠めた。喉の奥からジンのにおいが込み上げてくる。一足ごとにパンツのウール地が陰毛に触れ、隠微に燃え立つ記憶に油を注ぐ。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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