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1.キリン(3)

「僕もパパが欲しいな」
アパートのドアを開けて玄関に入ると同時に、進太がMに言った。Mは面食らって進太の顔を見つめる。とっさに答えが見付からない。当たり前の話だ。父のいない子供が父を欲しがっている。Mに答えられる道理がなかった。
「サクタロウみたいな頼りないパパでいいんだ。パパさえいればママに叱られなくて済む」
Mの答えなど求める風情もなく興奮した口調で言って、進太は部屋の中に飛び込んでいった。
真っ先にキッチンに行き、冷蔵庫を開いてミルクと食パンを持ち出す。八畳の部屋に置いたテーブルの前に座り、牛乳パックから直接ミルクを飲む。細い喉が鳴り、唇の端から白いミルクがこぼれる。続けて食パンをモリモリと頬張る。
「トーストにして、バターを塗ってやろうか」
見かねてMが声を掛けるが、答える暇を惜しむかのようにパンを食べてはミルクを飲む。睦月の冷蔵庫は今朝も空に違いないと思い、Mは暗澹とした気持ちになる。一週間前に用立ててやった五万円を使い果たしてしまったに違いなかった。つい聞かなくてもよいことを聞きたくなる。

「進太、昨日の晩御飯は食べたの」
「抜きだよ。勉強しないでテレビを見ていたから、ママに叱られたんだ」
やっと人心地がついた様子の進太が、吐き捨てるように答えた。Mには睦月の子育て振りが残酷に見えてならない。だが、食べ物を買う金がないことを子供に告げるのと、子供の罪をとがめて絶食を命じるのと、どちらが子育てにかなっているのかMには判断できない。育児は各家庭の個性に属するものと言えた。

「M、甘い物が食べたいな。給食のデザートみたいなのでいいよ」
食べ散らかしたまま立ち上がった進太が、Mの答えも聞かずにキッチンに消える。自分の家では間違ってもするはずがない進太の振る舞いが、いつもMを戸惑わせる。睦月の厳格さとMの放任と、どちらが進太のためになるかを考えてしまう。当然、責任が無い分だけMの方が分が悪い。やはり進太の将来に渡って責任を負うのは睦月しかいない。それが進太を生んだ睦月の母としての務めに違いなかった。

「わーすごい、アップルパイがあったよ。全部食べていい」
キッチンから嬌声が聞こえ、進太がケーキの箱を持って戻ってきた。人材を派遣した先の会社社長が、お礼にと言って金曜日に持ってきたものだ。社員が十人ほどの情報サービス会社だが、時流に乗って手広く事業を広げていた。当然、理工系の基礎知識を持った人材を求めてきた。有能な調査員が欲しいという要求に応え、Mは思いきって刑務所を出所して半年になる極月を交通誘導部門から引き抜いて派遣した。つい一か月前のことだ。極月はコンピューター・システムの基礎調査員として、めざましい働きをしているという。極月の能力を持ってすれば、喜ばれるのも当たり前のことだった。今日の午後会うことになっているのは、水瀬産業というその会社の社長だった。久しぶりで極月に会えるかも知れないと思うと、つい口元がほころんでしまう。

肘掛け椅子に座って極月の仕事ぶりに思いを馳せたMにお構いなく、進太はアップルパイを丸ごと貪り始めていた。あまりの傍若無人振りに、つい注意をしたくなる。立ち上がろうと椅子を鳴らした途端、背中を見せて座り込んでいる進太がパイを噛みながら声を出した。
「ねえM、サクタロウはいつも食事をしているんだ。便利でいいよね。ひもじい思いをしなくて済む」
立ち上がり掛けたMは、また椅子に腰を下ろす。進太は背中に目があるのかと疑いたくなる。行儀の悪さを注意しようと思った気持ちが、ひもじさと聞いてつい不憫さに変わってしまう。何と言っても世は飽食の時代なのだ。今時小さい子供を抱えて冷蔵庫を空にしておく家庭など考えもつかない。

「ねえM、聞いてる。サクタロウは僕を背中に乗せてくれるかも知れないんだ。そうしたら、僕は一緒にアフリカまで旅にでる。サクタロウがいればママなんて要らない」
進太は返事に困ることばかり言う。いつものことだった。Mと会話をするのではなく、一方的にしゃべりまくり食べまくる。食べ終わった後は決まってテレビゲームを始める。もちろん睦月に内緒で買い与えたものだが、進太は怖くて家に持って帰れない。テレビに接続したままになっているゲーム機を持ち出し、掛け声をかけながらゲームに熱中する。Mのことなど眼中にないのかと思っていると、隙を突くように話し掛ける。
「M、なぜママはいつも裸でいるの。Mも裸でいることがあるけど、ママほどではないよね」
ゲームに熱中しながら、唐突に問い掛けた今朝の問いも珍妙だった。Mは頬を赤く染め、口を開けたまま絶句してしまった。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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