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9.巨樹は倒れるままに(3)

優美な裸身がピアニストの目の前で大きく伸びをする。奔放すぎるほどのMの魅力が鋸屋根の下に満ちた。
「これで身体を拭けよ。小さいけど、ないよりましだろう」
ピアニストがポケットから大判の白いハンカチを差し出す。
「相変わらず親切ね。でも、その白衣を着せ掛けてはくれないのね」
ねだるように甘い声で応えたMがハンカチを受け取り、素肌に浮いた水滴を丹念に拭う。
「そんなにゆっくりしている時間はないよ。M、理事長に会わせる前に話がある。別の部屋で僕と付き合って欲しい」
Mのペースから逃れようと、ピアニストが妙に押し殺した、権威付けるような声で言った。
Mの口元に微笑が浮かぶ。自分自身を簡単に信じてしまう者は、いつでも権威を作り出したくなるものなのだ。ピアニストも例外ではない。広々とした現実を見ようとしない狭すぎる心が、ただ悲しいと思った。しかし、きっとピアニストは忙しすぎるのだと思い直し、優しい声で答える。

「いいわ。私は急がない」
「ありがとう、すぐ済むよ。Mの気持ちを確認したいだけなんだ。少し寒い場所だが、工場の跡がそのままなので我慢して欲しい。でも、理事長の代謝機能を押さえるため、全館の暖房を最低にしているから、こことそれほど変わらないよ。さあ、どうぞ」
口ごもりながら言って、通路の一番手前にあるドアを開ける。
ピアニストの手元に開いた薄暗い空間の入り口から、凍り付く冷気がMの裸身を打った。邪悪なたくらみが待っている予感が全身に鳥肌を立たせる。
「さあ、どうぞ」
ドアの横に立ったピアニストがまた同じ言葉を口にした。
大きくうなずいたMの裸身がドアの中に消えた。歩みに連れて躍る、高く引き締まった尻がピアニストの目にまぶしい。


Mの目の前に殺伐とした空間があった。理事長が作戦本部に使っている部分の二倍もある広大な空間だった。
天井には、二棟の鋸屋根が高々とそびえている。北向きの長大な天窓から、みぞれが降りしきる陰鬱な空の光が冷え冷えと射し込んでいる。弱く澄明な光を浴びた巨大な石の壁面が重々しくMを威圧する。
コンクリートを打ちっぱなしにした床には、鋸屋根を支えている太い柱が四本、規則正しい間隔で広い空間を貫いて並んでいる。撤去されてしまった織機の土台がみすぼらしく並び、用途も、使う者もなくした机や、椅子、ロッカーなどの調度が雑然と置かれていた。頭上から落ちる寒い光に照らされ、影すら無くしたちっぽけな調度は、栄華の後の虚しさをMに訴えているようだ。
ドアを入った所で立ちつくし、寒々とした空間を見回すMの耳に、またも聞き覚えのある甘えた声が響く。

「寒いよ、背中が寒い。修太、何とかしてよ」
哀願する光男の声は、広い空間の奥から聞こえてきた。声の方を見つめると、二棟目の鋸屋根を支える太い柱の陰に赤い光が見える。
「うるさい」
短く叱責する声と同時に、鞭で床を打つ音がかん高く響いた。
後ろにいたピアニストが前に出て、黙って奥に向かう。後に従うMの素足を、コンクリートのざらついた感触と凍えるほどの冷たさが襲った。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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