2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

7.鋸屋根工場に語る(1)

冷たい闇を切り裂いて、ホンダの400ccのオートバイが織姫通りを走り抜ける。前照灯の鋭い光が、天満宮の石の鳥居を掠めて流れ去る。
チハルは大きく車体を右に寝かせ、機屋横町へと右折した。後ろに乗せた祐子が、ウエストに回した両手を握り締め、懸命に身体を傾けている感触が伝わってくる。可愛らしくて、思い切り抱き締めてやりたいとチハルは思う。

古風な街灯が続く道を直進し、山根川に架かる橋の手前で右折したところがチハルの生家だった。古びた木の門柱の先に広々とした庭が広がっている。蔦の絡んだ石造りの鋸屋根工場を、前照灯の白い光が照らしだした。
理事長からの緊急ファックスを祐子の部屋で受け取り、身支度を整えてオートバイに飛び乗ってから、まだ五分と経過していない。素早い行動に、チハルは我ながら満足した。

祐子がオートバイを飛び降りた後、ゆっくりスタンドを立て、チハルは工場を見上げる。出来上がったばかりの車寄せの屋根が頭上を被っている。工場の景観を考え、車寄せ全体が艶消しの黒で仕上げられている。車寄せの上には、石の壁に穿たれた小さな高窓が三つ、先端にアールを持たせた粋な形で並んでいる。鋸屋根も三棟、闇の中に絶妙のフォルムを晒して、大きく突き立っているはずだ。引き締まったチハルの身体が、黒いライダースーツの中で武者震いした。いよいよここへ、理事長を迎えるのだ。

背負ってきた小さなリュックを下ろした祐子が、中から携帯電話ほどのリモートコントロールのスイッチを取り出し、チハルに手渡す。
チハルが入り口のシャッターに向けてスイッチを押すと、幅三メートルの硬質プラスチックのシャッターが見る間に上がっていく。厚いガラスの自動ドアが目の前に現れた。
チハルの押すスイッチに従い、車寄せが明るく照明され、続いて庭の外灯が点灯する。最後に自動ドアの中が落ち着いた明度で輝き、さっとガラス戸が左右に開いた。二人は工場の中に入っていく。

工場の右端に開いた入り口から真っ直ぐ、幅三メートルの通路が三棟の鋸屋根を貫いて続いている。通路の右手は石の壁で、左手は組木の厚い壁になっている。組木の壁は新たな改修で設けられたものだ。二十メートル続く長い壁面に、大きなドアが三つ備え付けられていた。床は檜の白木でフローリングされている。床から三メートルの高さで、複雑に交差した黒々とした松材が鋸屋根を支えている。鋸屋根の切っ先までの高さは、床から七メートルもある。チハルが入れたエアコンがやっと効きだし、微かな音と共に温風が木の壁面に空いた吹き出し口から流れ出している。しかし、石造りの広大な通路は凍り付くように寒い。二人は身体を震わせながら奥に向かった。二つドアを通り越して、一番奥の大きなドアをチハルが開け放した。通路の明るさに慣れた目が、広大な闇の空間に圧倒される。四十畳ほどもある空間の天井に、細長く切り取られた星空が見えた。まるでパノラマ写真を見るように星空が広がっている。

チハルが壁のスイッチを入れると、広々とした空間に落ち着いた光が満ちた。鋸屋根の複雑な梁に備え付けた二十灯ほどのライトが、影のできないフラットな照明を演出している。夜間でも鋸屋根特有の光を得られるように工夫してあるのだ。
「ここが祐子のアトリエになる」
感に堪えた声で、後ろに続く祐子を振り返ってチハルが言った。
「でも、もうしばらくは理事長の作戦本部に使わせてもらう」
チハルがドアを閉めながら、祐子の許可を得るように言った。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

最新記事
カレンダー
05 | 2011/06 | 07
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
free area
人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR