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9.巨樹は倒れるままに(1)

十二月三十一日の朝が明けた。
鋸屋根工場の高い天窓から陰鬱なほど暗い空が見える。重く垂れ込めた雲が、今にも細長く切り取られた窓に触れてしまいそうだ。音もなく降るみぞれが冷たく天窓を伝い落ちた。

鋸屋根の下の広々とした空間に集った六人は、冷え冷えとしたベッドを囲んで椅子に座っている。
ベッドで半身を起こした理事長の荒い呼吸だけが室内に響く。落ち窪んだ眼窩の底で、相変わらず炯々と光る眼差しが、時折室内を撫で切って走る。
「理事長、もう少し薬を減らしましょう。そうすれば眠れる」
ピアニストが静かな声で訴えた。
「理事長、少し眠ってください。眠っている間に部屋を暖めます。きっと爽快な目覚めが待っています」
チハルが真剣な声で哀願した。
「ピアニストもチハルも、私の身体を心配してくれるのは本当にありがたい。しかし、もう時間は残されていない。早く決断を下さねばならないのだ。一週間以上を無駄にしてしまった。その間、マスコミはシルバーグループのみならず、我々の特別養護老人ホームまで、狂ったように攻撃してくれた。迷惑な話だ。しかし彼らに真実を話したとて、マスコミの下卑た精神では、特別養護老人ホームと新しい文化の創造との関係など理解できるはずがない。マスコミに操られた大衆もヒステリー患者のように、反対、反対と、馬鹿の一つ覚えの言葉をわめき散らしている。将来を危ぶむ者など一人としていない。足元しか見ようとはしないのだ。コスモスの内部にさえ、私の計画を疑っている者がいる」
理事長は頭を巡らし、デスクの前に座ってパソコンのデスプレーを見つめている飛鳥を憎々しい目で見た。

「本部秘書の飛鳥は計画を後退させ、しばらく様子を見た上での再起を提案している。それが本部のスペシャリストたちの考えなのだろう。時を待てばよいと言う。リーズナブルな考えだ。ここに集まった新しい人たちもまた、本部の意向に賛同しつつあることを私は知っている。しかし、夢とは、夢の実現を信じるとは、そんなあやふやなものではない。実が熟すのをじっと待つことなど、猿にだってできる。何故、人は青い実を貪ることをしないのだ。狂おしいまでに求め、行動し続けることが信じるということだ。あやふやな考えで修正されてしまう計画の行く末が恐ろしい。私は計画の実現を危ぶむ」
「理事長、しばらくお休みください。薬の量を減らします。とても体が持ちません」
疑いのこもった理事長の言葉を聞くに堪えなくなったピアニストが、居たたまれず大声を出した。

「いや、もっと薬を増やしたいくらいだ。何よりも今、私は明晰な頭脳を必要としている。限界まで薬を増やせ。室温を下げて私の代謝機能を、もっと低下させろ。手も足も冷たくさせ、脳にだけ十分な熱が回るようにするんだ。そして、Mに電話をしろ。私が直接話す」
理事長の語尾を激しい咳き込みが奪った。眉間に皺を寄せて全身で苦痛を耐える。ピアニストが冷静に点滴のバルブを調節し、仕方なく薬液の量を少し増やした。

「理事長、これが限界です。これ以上は心臓が持たない」
「その心臓を持たせるのが医師の仕事だ。チハル、早く電話をかけなさい」
大量の麻薬と興奮剤で激痛と思考力のバランスを取った理事長の意志が、声となってチハルを打つ。思わずチハルはピアニストと飛鳥を交互に見た。
ピアニストが小さく首を横に振った。飛鳥が大きくうなずく。チハルはコスモスの職員としてポケットから携帯電話を取り出した。

ドーム館の電話番号をプッシュすると、待ち構えていたようにMの声が聞こえてきた。チハルがベッドに屈み込み、理事長が通話ができるように携帯電話を顔の上にかざす。
「M、私だ。すぐ来て欲しい。もう時間がないんだ。決断を急がなければならない」
「理事長。新年の挨拶には、まだ一日早すぎるわ。でも、お望みとあれば十五分後にそちらに行きます」
Mの明るい声が受話器から響いた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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