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8.もう一つの再会(4)

広々とした冷たい鋸屋根の空間に、低くブザーの音が響き渡る。
電動の自動ベッドに横たわる理事長の目が大きく見開かれた。デスクの前に座り、パソコンのキーボードを操っていた黒いスーツの男が、ベッドの横に立つチハルに目配せする。白いコートを脱ぎ、コスモスのユニホーム姿になったチハルがドアに進み、通路に出て行く。
室に静寂が戻り、理事長の荒い呼吸音だけが空間を満たした。

白いセーターの上に白衣を着たピアニストが、理事長の肩から延びた点滴の管の先で薬液量を調整するバルブを操作する。やせ細った理事長の黒い首筋がブルッと震えた。長大な天窓から入るフラットな光を浴びて、吐く息が白く輝く。理事長の代謝機能を下げるために、室温は極めて低く設定してある。癌細胞に浸食され切った肺をかばい、呼吸を楽にさせるためだ。
理事長の顔が左右に揺れ、鼻に当てた酸素の管が外れそうになる。ピアニストの脇に従った修太が、素早く手を伸ばして管の位置を正した。
通路に通じるドアが再び大きく開き、表情を固くしたチハルが足早に理事長の元に戻って来る。

「鉱山の町の町長が見えています。特別養護老人ホームのことで重大な話があるそうです。Mが町長を連れてきました」
チハルの言葉を黙って聞いていた理事長が、ピアニストに命じる。
「二人に会う。薬の量を増やし、酸素の管を取れ」
ピアニストは反論したそうに口元を歪めたが、理事長の厳しい声に従う。
「チハル、室温を上げて、二人をお通ししろ」
「はい」
しっかりした声で理事長の命令に答えたチハルが、再び通路へ向かった。


「理事長さんはこんな所にいたのか。かつてこの市の富を築いた織物工場の跡に閉じこもるなど、本当にあの人らしい」
広々とした通路の途中で、鋸屋根の高い天窓から入る穏やかな光を浴びた町長が、小さな声でMに言った。
「町長さん。理事長は加減が悪いので、お話は手短に願います」
二人を案内するチハルが、真っ直ぐ前を見たままきっぱりと言った。
「分かっています」
短く答えた町長の表情が引き締まる気配が、Mに伝わってくる。六日前と違い、厳しく冷え切っている空気がMを不安にする。

チハルが大きくドアを開けた。
広々とした空間にちっぽけな人の姿が散らばっている。一番奥にあるベッドから、半身を起こした理事長がしっかりした声を出す。
「町長さん、よく来てくださった。実に久しぶりです」
「お加減が悪いところに押し掛けて恐縮です。しかし、会わないわけにいかなかった。Mさんに無理を言って案内してもらったのです。本当におやつれになったご様子だ。お手間は取らせません」
ベッドの上で理事長は胸を張って応対した。しかし、見違えるように衰弱してしまった身体がMの胸を打つ。気力だけで肉体を支えているとしか見えなかった。見るからに呼吸が荒い。肺に巣くった癌細胞が、吐く息に混じっているかと疑いたくなるほど、暗く重い呼吸だ。
「特別養護老人ホームの起工式を待ちかねていらっしゃると思っていたが、突然いらっしゃった。何か重大な話があると聞きましたが、」
詰まった咳が理事長の言葉を奪った。町長の顔に哀れみが浮かぶ。たちまち見て取った理事長が姿勢を正す。
「ここにいる者は皆、私の分身です。本部秘書の飛鳥も詰めている。すべてここでまかなえる体制を取っている。率直に話して欲しい」
デスクの前に座っている飛鳥と呼ばれた男が立ち上がって会釈をする。身長が百八十センチメートルはある痩身を、黒いスーツで装っている。若かった頃の理事長を彷彿とさせる体躯だった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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