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5.遠すぎる少年時代(5)

「何て奴だ。男まで連れてきて。もう許さない」
逆上した叫びを残し、チハルが全身を震わせてリビングに駆け込んでいった。支えを無くした祐子の姿勢が崩れ、横座りに尻が床に落ちる。真上から照らしだす玄関灯の光を浴び、残った粘液と唾液で光る無毛の股間が寒そうに震えている。
間近に見た祐子の様子に、Mの膝も一瞬崩れそうになる。祐子はまた、自らを閉ざしてしまったのだと思う。悲しすぎる子供たちがMの前を、いつも横切っていく。

「Mッ、思い知れ、」
大声が響き渡り、リビングから駆け出してくるチハルの引き締まった裸身が見えた。前に突き出した両手の先で、白々とした包丁の刃先が明かりを浴びて大きく上下に揺れた。
全身で刃先を受け止めようと身構えたMの前に、素早く修太の身体が滑り込む。
肉と肉のぶつかり合う音が響き、金属音を立てて包丁が玄関に落ちた。

足がもつれ、床に倒れ込んだチハルの後ろから、太股を押さえて苦悶する修太の姿が浮かび上がる。溢れ出る真っ赤な血が、見る間に色の褪せたジーンズに広がる。

「祐子、紐かベルトを持ってきなさい」
大きく目を見開いてうずくまっている祐子に、Mが叫んだ。反射的に飛び起きた祐子がリビングに駆け込み、柔らかそうなカーフのベルトを持って走って来る。そのまま足を止めず、立ち尽くす修太に全身で抱き付く。小柄な修太の身体を祐子の裸身が被った。
「祐子、離れなさい」
静かな声でMが言って祐子を退け、修太の足元に屈み込む。
「止血をするわ。足を大きく広げなさい」
Mに命じられるまま、修太が左右に足を開いた。左腿の、ちょうどペニスと並行した辺りのジーンズが、三センチメートルほど裂けている。傷の深さは精々二センチメートルと思われる。幸い重要な血管は切れていないようだ。重傷ではない。

Mは止血の処置をしながら、玄関にうずくまっているチハルに声を掛ける。
「またチハルの出番よ。すぐ市民病院に電話して、急患が行くと言いなさい。転んだ拍子に、友達の足を包丁で刺してしまったと言うの。分かった」
力無くうなずいて立ち上がるチハルに目もくれず、Mは修太の手を取った。

「さあ修太、私の肩に掴まりなさい。軽傷だけど、念のために病院に行くわ」
修太のよろめく足取りに合わせ、Mが片手でドアを押さえた。
素っ裸で玄関の隅に立ち尽くす祐子を、修太が振り返る。
「祐子、お前は腐っている」
修太の押さえ付けた声が玄関中に響いた。
Mが背後で閉めたドアの向こうから、祐子の号泣する声が聞こえた。修太の足が止まり、肩がブルッと震える。Mは構わず歩を進め、エレベーターのボタンを押した。


まだ午後九時を回ろうかという時刻にも関わらず、市民病院は静まり返っていた。この病院は完全な基準看護病院だったことを、Mは思い出した。見舞客も午後七時で、半ば強制的に帰す。後は、病院が支配する効率的な空間が朝まで残されるのだ。

夜の病院は、コスモスの思想が全体に行き渡っているのを誇示しているようで、神経を圧迫する。しかしMは、迷うことなくMG・Fを救急救命センターの正面に着けた。
待っていたように二人の看護婦が駆け寄り、そっと修太を抱え上げて担送車に載せる。大きく開いた自動ドアを通り、Mも修太の後について処置室に入って行った。
がらんとした部屋の中心にベッドがあり、看護婦が修太を寝かせるとすぐ、マスクをした医師が入ってきた。機敏に傷口を点検し、Mが巻いた止血帯を外した。

大きなマスク越しにピアニストの声が響く。
「M、大変だったね。チハルから電話で聞いた。懸命な処置だと思うよ。後は僕がする。理事長ではないが、悪いようにはしない」
看護婦に修太のズボンを切り裂くように命じたピアニストが、またMのそばに寄った。
「ちょうど今夜は、僕が救急の当直医なんだ。見た限りでは、化膿さえしなければ大したことにはならない。まあ、直りが早いように三針ほど縫うことになるが、心配は要らない。一時間は掛からないから、待合室で待っていて欲しい」
麻酔科医のピアニストでも、医師の言葉は頼りになる。Mは、ほっとした気持ちで待合室で待った。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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