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8.もう一つの再会(5)

飛鳥を見ようともせず、理事長を見つめたまま町長が口を開く。
「理事長さん。では、直截に言おう。私は特別養護老人ホームの誘致を撤回する」
「何と言った」
激しい怒声が鋸屋根に反響した。
「理事長、興奮しないで欲しい。私は政治家だ。今日中に厚生事務次官が逮捕される。シルバーグループから贈賄を受けたのだ。進行中の特別養護老人ホーム建設計画がすべて、国民の指弾を浴びるだろう。町に建設予定の、常識を越えた規模のホームは、普通なら認可になるはずがない。それが認可になったのだ。誰だって厚生事務次官との関連を疑う。私は、町民を疑惑の渦中に投げ入れることはできない」
「町長さん。何をうろたえている。次官の逮捕など先刻承知している。そんなことは、我々の計画に何の影響も与えはしない。コスモス事業団の財力を持ってすれば、国の補助金など当てにしなくていいのだ。すべて独力でできる。町に迷惑は掛けない。私は金儲けなどに興味はないのだ。新しい文化の創造のために、鉱山の町の協力が、ぜひとも必要なのだ」
ベッドの背に倒れかかりそうになる身体を立て直し、痩身を振り絞るようにして理事長が訴えた。鬼気迫る理事長の姿を目にしたチハルの両目から、涙が流れ落ちた。ピアニストが右手で目頭を擦り、修太が鼻をすすり上げた。リビングのドアの前で立ち尽くす祐子の身体が小刻みに震えた。

室内に満ちた共感の嵐に立ち向かうように、町長は心持ち両肩を上げ、大きく息を吸い込んでから、静かな声で答える。
「理事長さん、誤解してもらっては困る。コスモス事業団がどれほど金があろうが、高い理想を持とうが、鉱山の町には関係ないことだ。私は町の人口の四分の三もの高齢者を収容する老人ホームを、引き受ける気がないと言っているのだ。規模を三十分の一に縮小するのなら考え直す余地もある。それでも大きすぎるほどだ」
「百人を収容する規模に縮小しろだと。何を言うか。それでは意味がないのだ。町長は私の夢を信じていたのではないのか」
「私は人の夢を信じるほど愚かではない。私は政治家だ。特別養護老人ホームの建設はお断りする。強行するようなら私が先頭に立ち、町の総力を挙げて阻止する。ご療養中のところを邪魔をして申し訳なかった。失礼します」
町長は理事長に背を向けて歩き出し、ドアを開けた。

Mはじっと理事長の反応を待った。
「裏切り者、」
腹の底から振り絞る、悲痛な叫びが理事長の口を突き、町長の背を打った。
ドアのノブを握ったまま、町長が理事長を振り返る。
「理事長さん。何度も言うようだが、私は政治家だ。決して町民を裏切らない」
先に通路に出た町長が無言でMを促す。
ドアの前で振り返ったMの目に、理事長に近付いて行く飛鳥の姿が映った。飛鳥はMに視線を投げた後、冷たい声で理事長に進言する。
「もう、撤退の潮時です」
理事長の全身が痙攣し、口が大きく開いた。空気を求めて激しく咳き込みだす。ピアニストが素早くベッドの背を倒し、修太が口に酸素マスクを当てるのが見えた。
理事長の視線がMに返ってくることはなかった。

「Mさん、行きましょう。辛い役目を引き受けさせて済まなかった」
広々とした通路に差し込む正午の日射しが、やけにちっぽけに見える町長の全身を小悪魔のように浮き上がらせていた。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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