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6.ドーム館の黄昏(3)

「修太、ソファーに掛けなさい」
後ろ手に戒められた裸身を寝かせて泣き続ける光男を尻目に、ピアニストが修太に声を掛けて椅子に座った。促されるまま修太もソファーに座る。
「修太、分かったろう。Mの追い求めた官能など、所詮この程度のものだよ。とても信はおけない。やはり僕たちの体験だけに信をおき、目指すべき目標に効率的にアプローチすべきなんだ。車の中で聞かせてもらったが、都市工学を学びたいという修太の希望を僕は応援する。醜いもの、邪魔なものを取り去った計画的な都市の創造は、僕にとっても望むところだ。この市では今、僕の病院を率いるコスモス事業団が、新しい都市文化の創造を始めようとしている。長く、険しい道だが、混沌とした夾雑物を取り除いたすっきりした都市文化は、きっと新鮮で美しいだろう。たとえ、ゴキブリが住めなくなったとしても、僕はそれでいいと思っている」

じっとピアニストの言葉に聞き入っていた修太が、感動した声で答える。
「人を差別し、虐めなければ成り立たないような世界は作り替えるべきだ。僕もコスモスに入りたい」
「まず工学部に進学して、とことん勉強してからだよ。でも、コスモス事業団の理事長には会わせよう。幸い、先週から麻酔医の僕が、理事長の主治医になった。悲しいことに理事長は癌に冒され、もう助からない。しかし、明確なレールは敷いておいてもらわなければならない。死の淵に立った理事長は今迷っている。弱いもの、怠惰なもの、そして情けないほど不必要なものにまで、考えを巡らそうとしている。非効率なことだ。いち早く覚醒した者が全体をデザインすべきだという持論に、疑いを持ち始めてしまった。Mのせいだ」

「Mは全体を見ようとしない」
遠くを見るような目で修太が言い切った。柱に首輪を繋がれたまま、素っ裸で床に横たわる光男が、むせび泣きながら鎖を鳴らした。ピアニストが思い出を辿って言葉を続ける。
「八年前、両親にあの陰惨な拘束具で裸身を責められたMは、不思議に喜々として見えたものだ。騙された僕がMを解放したときは、両親は自分たちの世界に閉じこもっていた。Mがいなくとも、二人だけの世界に住めるようになっていたんだ。みんなMの仕業だった。その後も両親は羨ましいほど仲睦まじく、二人の世界にとどまっている。僕が入り込む隙間もない。しかし、それでは現実の世界は変わらないんだ」
「俺の両親も同じだ」
ふぬけたような陶芸屋と献身的なナースの、性にまみれた日常を思い浮かべながら修太が追随した。許されることではないと思った。祐子さえ腐りきっているのだ。Mの通り過ぎた後には何も残らない。狂おしいまでのエネルギーが皆、Mに吸い取られてしまうのだと思った。

「意見が一致したようだね。さあ、修太。服を脱いで裸になろう。一週間振りの、美しい裸身が見たい」
ピアニストが立ち上がり、修太に手を伸ばして優しく言った。
八年前にMの裸身を責め抜いた拘束具が、光男の裸身でまた鳴った。身悶えしながら光男は、目の前で繰り広げられるピアニストと修太の痴態を見つめた。止めどなく涙が流れ、床を黒々と濡らした。
ピアニストと修太の嬌声が聞こえ始めた頃、脱ぎ捨てられたピアニストのジャケットのポケットの中で携帯電話のベルが激しく鳴った。


「M、ドーム館に滞在してくれと頼んでおいて、三日も留守にして済まなかった」
ドームから差し込む星明かりを全身に浴びて、理事長の疲れた声が円形の部屋に響いた。
「暗くてよく見えなかったが、私がいなくてもMは裸でいるのか」
再び理事長の声が響いた。Mは素っ裸のままソファーに座っている。闇に目が慣れた理事長の目に、青白く浮き上がってくる豊かな裸身がまぶしかった。
「こんなに暖かな部屋で服は必要ないわ。理事長も脱いだ方がいい。ドームから見える星空と身体が一体になれるわ。来週はもうクリスマスよ」
星空から聞こえてくるような、ゆったりとしたMの声がドームに響いた。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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