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6.八木節(4)

二人は織姫通りを北に上り、天満宮の手前の交差点まで一気に自転車をこいだ。全身から気持ち悪いほど汗が吹き出し、無帽の頭が日射しに灼ける。あいにく信号は赤だ。止まった途端、道路から熱射が襲い掛かり、全身を被う。右手の機屋横町から微かに山根川の川風が漂ってくる。横を見ると、先ほどまでの元気もなくし顔を火照らせた沢田が、川風に誘われるように機屋横町の方を見ている。

「逆に曲がるの」
Mは意地悪く声を掛け、青に変わった信号を山手通りに左折した。命門学院高等部を過ぎ、動物園への上り口を通り越すと、やっと左手に睦月のアパートが見えた。玄関前のちっぽけな日陰にうずくまっている進太の姿があった。
「Mっ、やっと会えたね。ずっと会っていなかったから、僕、お腹が空いちゃった。昼飯を買うお金をおくれよ」
Mが自転車から降りないうちに進太が立ち上がり、うれしそうな声で金をせがんだ。進太と会うのは、ほぼ一週間振りだった。Mと会っていなかったから、お腹が空いたという進太の言葉が胸に痛い。

「以前のように、いつでも私のアパートに来ればいいのよ。私こそ進太が来ないので心配していたわ」
答えてからMは、出任せな言葉を反省する。この一週間は仕事が忙しく、進太のことを思いやったことはなかった。しかし、頓着もなく進太が答えを返す。
「Mの家に行ってはだめだと、ママが言うんだ。約束を守らないと、またMを折檻すると言ったよ。だから、僕はMの家に行かない。でも今日は別だ。Mが来た。ねえ、お金をちょうだい」
泣きそうな声で訴える進太に、Mの背後から回り込んだ沢田が千円札を差し出す。
「これで好きなものを食えよ。僕たちはママに話があるんだ」
顔の前に差し出された千円札を無視して、進太は沢田の顔を睨み付けた。人見知りをしない進太を見慣れたMには奇妙な光景だった。
「進太。お金はとっておきなさい。後で私が返しておくわ」
Mが取りなしても進太は表情を固くして、沢田を睨み付けている。沢田が苦笑して後ろに下がり、Mはウエストバックから千円札を出して進太に与えた。
「ありがとう、M。ゆっくりしていってね。コンビニでご飯を食べたら僕もすぐ帰ってくるよ」
打って代わった和やかな顔でMに微笑み掛け、進太は高等部の隣にあるコンビニエンス・ストアの方角に駆け出していく。釈然としない気持ちを抱えたまま、Mは沢田と連れ立って玄関に入った。


「こんにちわ睦月、Mよ。上げてもらうわね」
短い廊下の奥に声を掛けると、睦月の怒声が帰ってきた。
「性懲りもなく、あの泥棒猫に金をやっただろう。どこまで私を馬鹿にするんだ」
憎悪のこもった睦月の怒声を聞いて沢田が肩をすくめた。
「睦月さん。先週ショーを見せてもらった沢田です。ぜひ、お願いがあってきたんですよ。Mさんに案内を頼んだのも僕です」
沢田が大声で呼び掛けた。奥のリビングで睦月が緊張する雰囲気が玄関まで伝わってくる。しばらくの沈黙の後、異様に目を輝かせた睦月が廊下に出てきた。裸身に大振りの男物のシャツを羽織っただけの姿だ。かろうじて下に赤いショーツを穿いている。

「演出家の沢田さんが、私にどんな用事でしょう」
わざわざ職業まで添えた睦月の声は、先ほどの怒声に比べようもない。媚びを含ませるテクニックなのか、語尾が震えていた。
「はっきり言いますが、ぜひ、僕の芝居に出て欲しいんだ」
「えっ、何ですって、もう一度言ってくれますか」
聞き返す睦月の声が本当に震えた。沢田が苦笑して同じ依頼を繰り返す。
「合宿稽古を始めたばかりの今度の芝居に、ぜひ出演して欲しいんだ。もちろんギャラも出します。僕は睦月ちゃんのショーを見て、インスピレーションが湧いたんだ。あなたのために脚本を書き直します」
睦月の顔がまたたくまに輝き出す。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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