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9.祖父(6)

窓の外は明るいが、もう午後五時を回っていた。
Mは祐子のリビングで、進太の置かれた状況と母の睦月の行動を陶芸屋に詳しく話した。積極的に不自由な身体を乗り出して、陶芸屋は熱心に耳を傾けた。話が睦月の虐待に及ぶと眉をしかめ、苦しそうな顔で遠くを見た。まるで孫の痛みに息子の痛みを重ね合わすような悲愴な表情だ。すぐ決心を固め、大きくうなずいて口を開く。

「考えるまでもないことだ。進太は鉱山の町に引き取る。俺たちだって進太のことを忘れていたわけじゃない。これまでだって、いくら頼んでも睦月が会わそうとしなかったんだ。俺たちは祖父母だ。引き取る権利があるし、義務もある」
興奮した陶芸屋は、すぐにでも進太を引き取りに行きそうな剣幕だ。しばらく間を置いてからMが口を開く。

「結論を急ぐ陶芸屋の気持ちは分かるけど、私はもう少し待って欲しいと思っているの」
Mの言葉を聞いて陶芸屋の顔が曇った。Mの真意を計りかねるように、鋭い視線でMを見つめた。
「はっきり言うと事情が変わったのよ。睦月が母子二人の生活を見失って、気まぐれとしか思えない虐待を続けていたときは、私も進太を陶芸屋に引き取ってもらおうと決心したの。でも今は違う。睦月にとって進太は、ただの邪魔者になってしまった。だから、陶芸屋に進太のことを頼み込んだのよ。頼んだのは睦月で、私でも祐子でもない。それが問題なの。進太は母に見捨てられたと思っているわ。すごく感情が不安定で怖いくらいよ。このまま陶芸屋が進太を引き取れば、小さな胸に仕舞いきれないほどの傷が残る。今初めて、進太に睦月が必要なのよ」

陶芸屋は訝しそうな顔でMの話を聞いた。たとえ心に傷が残っても、進太はまだ小学校の一年生だ。時間をかければ、母に捨てられた傷などきっと癒えると思った。
「子を虐待する母が母なら、子を捨てる母も母だ。どっちも許されることでない。事情は何も変わらないよ。俺たちが進太を引き取ればすべてが解決する。後は時間が進太を癒すだけだ」
「時間をかけても癒えない傷があるのよ。母を慕いだして、何とか関心を引こうとまでしている進太にとって、自分を引き取ろうとする陶芸屋はきっと敵に映るわ。無理をしたら二度と心を許すことはないと思う」

「では、どうしたらいいんだ」
「分からないわ」
力無く答えたMの声に悲しさが滲む。
「進太に会わずに帰れと言うのか」
陶芸屋の声に怒気が滲む。どうやら小さな進太に、大きな希望を見出したようだった。Mの悲しさが募る。
「いいえ、帰ることはないわ。明日は陶芸屋と一緒に、私も睦月と進太の母子に会う。睦月の前で進太が同意しない限り、決して鉱山の町へ引き取らないと言って欲しいの」
Mの頼みに陶芸屋は答えようとしない。長い沈黙の時間が流れた。


「明日までに決心してくれればいいわ。今夜は、狭いけれど私のアパートに泊まっていってね。さあ行きましょう」
Mの声にはじかれたように、祐子が立ち上がった。
「何で小父さんがMのアパートに泊まるの。私は、ここに泊まってもらう予定だった。私はアトリエに行けばいいんだから、それが普通でしょう。今日のMはおかしい。汚く見える」
「汚いものを見たと思うから祐子はそう言うのよ。確かに私たちは、祐子の目に汚い行為を見せた。性の高まりはなかったけれど、私が官能を望んだことも事実よ。陶芸屋は私の部屋に泊まるわ」
「私は何をしたらいいの」
祐子の悲痛な声がMの耳を打った。Mは厳しい眼差しで祐子を見上げる。
「ここに、大久保さんを呼ぶといいわ」
自分の耳にさえ冷たく響く言葉がMの口に上った。祐子がかん高い声を上げ、ソファーに泣き伏す。代わりにMが立ち上がった。いつまでも子供でいられるわけではない。まだ七つに過ぎない進太が、大人の世界の入口に立たされようとしているのだ。

Mは厳しい表情を崩さず、陶芸屋に介助の手を差し伸べた。無言で立ち上がった陶芸屋がMと一緒に泣き崩れている祐子を見下ろす。二人の大人の目から、また涙がこぼれた。いくら待っても、もう先ほど耳の底で聞こえた、修太と光男、そして祐子の三人の子供の笑い声は戻って来ない。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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