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9.祖父(2)

「小父さんなの、修太の小父さん」
陶芸屋の姿を認めて、黒い影が大声を出した。
耳に飛び込んだ呼び声が陶芸屋の全身にこだました。左半身が戦き、感覚を無くした右半身が震える。胸の芯がキュッと痛んだ。

「祐子」
喉の奥で答えた瞬間、全身がふらつき、陶芸屋は階段を転げ落ちた。全身を激痛が襲う。コンクリートの地面に這いつくばって見上げた目に、走り寄ってくる祐子が見えた。驚くほどゆっくりブルージーンズを穿いた長い足が走る。白いタンクトップの胸がゆったりと揺れている。

「ああ、何もが遠く、ゆっくりしている」
無言でつぶやき、脳裏に懐かしさが込み上げ、悔恨と交差した後、陶芸屋の意識はフッと遠のいていった。


「小父さん、しっかりして。どこか痛む」
祐子の声がはっきり聞こえてきた。意識を失ったのは、ほんの一瞬だったようだ。陶芸屋は黙って大きくうなずき、左手で無意識にステッキを捜す。無惨に痩せてしまった脇の下に祐子が手を差し入れ、立ち上がるのを介助しようとする。一瞬手を払いのけようとしたが、思い直して身をまかせ、ふらつきながら陶芸屋は立ち上がった。

「もう大丈夫だよ。しばらくぶりに祐子を見て、きれいになっていたんで驚いてしまった。情けない姿をお見せして本当に済まない」
精一杯の強がりに祐子は答えようともしない。陶芸屋の脇から手を抜き、正面から無遠慮に全身を見つめた。大きな目に涙が溢れている。陶芸屋の胸がまた激しく痛んだ。
「小父さんは無茶よ。電話で身体のことを言ってくれていたら、鉱山の町まで迎えに行ったのに、本当に無茶よ。他人行儀だわ。あんまり遅いので到着時刻を間違えてしまったかと思った。踊り場に現れた小父さんを見たときも、始めは分からなかったわ。怪我がなくて本当によかった」
声を震わせて祐子がなじった。陶芸屋はまるで、娘に意見されているような気になる。確かに息子の幼なじみだった祐子は、あのころは娘のようだった。しかし、いやおうなしに歳月は流れ、息子は死んだ。もはや遠すぎる時間の彼方にあるお伽噺の世界のようだ。実際、美しい女に変わって目の前に立つ祐子に、陶芸屋は昔のように話し掛けられないのだ。何もかもがまぶしすぎた。

「俺だって、改札口にいる祐子が分からなかったよ。大きくなって、美しくなった。まるで他人のようだ」
陶芸屋の正直な感想を聞いた祐子の目に新しい涙が浮かんだ。
「いやよ。私も、修太も、光男も、鉱山の町ではみんな家族同然だったわ。今さら他人のようだなんて言われたくない。何よりもMが許さないわ」
祐子が何気なくMの名を口にした。忘れることのなかった名を聞いて陶芸屋の全身が緊張する。暑さの中で頬がさっと熱くなるのが分かる。赤く染まった顔を祐子に見られたような気がして、陶芸屋はまた少年のように頬が熱くなった。

「小父さんを迎えに来る前に、Mに電話したのよ。一時半に私のマンションに来てくれるわ。進太のことはMが話してくれる。私には、修太の息子の話なんて悲しすぎてとてもできない。さあ、早く行きましょう」
出会いの衝撃を吹っ切るように、明るい声で祐子が言って、陶芸屋の脇に力強く腕を回す。すでに抵抗する気力も無くした陶芸屋は、半身を祐子に預けたまま暑熱がこもる駅舎の外に歩き出した。他人のように成長した祐子の手が脇の下でくすぐったい。二人の間には時間の大きな断絶があった。たとえ、かつての祐子と同じ年代にある孫の進太を引き取ったにせよ、あのころに戻ることはできないと陶芸屋は思う。半身不随になり、年老いた自分が若返ることもないのだ。離散した家族は二度と帰って来ない。
陶芸屋はMと会うことに、ふと不安を感じた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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