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8.デザイナー(4)

「祐子、まず自分の言ったことは、言ってからでもよく考えなさい。大変な間違いをするわ。二十日前の祐子は、睦月から進太を奪うことは誰にも許されないと言って泣いたのよ。それが今度は、黙って鉱山の町に連れて行けと言う。無責任に過ぎないかしら。何よりも、進太のことを考えていないわ」
「母である睦月が決めたことよ。仕方がないじゃない」
即座に、叫ぶような答えが返ってきた。Mの背筋を冷たいものが走りすぎる。
「それでは、進太への虐待も母が決めたことだから仕方ないと思ったのね。親子というのは親が決めればすべてで、子供は黙って従うべきなの。家族というのはそんなものじゃないわ。互いに歩み寄って、互いに寄り添うのが家族でしょう。祐子も小さかったころを思い出してみるがいいわ」

「私には、Mがいたわ」
Mの言葉が終わらないうちに祐子が叫んだ。涙がこぼれ落ちる顔を左右に振って、啜り上げながら祐子が話し始める。
「Mがいたから私は生きてこられた。Mがいなければとうに死んでいたはずよ。きっと自殺したわ。Mは自分の生き方を曲げてまで歩み寄り、私を支えてくれたわ。今Mが言ったようにして、幼かった私を家族の一員として迎えてくれた。何もできない私だけれど、そんなMに報いることだけを考えて生き続けた。もう二十年近くMに甘えてきて、やっと分かったわ。Mのような人は他にはいない。私は、そんな素晴らしい人と巡り会えた稀有な例だって。でも、Mの家族になれない人は大勢いる。Mの素晴らしさを認められない人もいる。例えば睦月。ずっと勝ち続けて生きてきた睦月には、初めての挫折で人に縋る勇気がなかった。すぐ側にMがいるのに、素直になれなかった。Mを憎むことで挫折に打ち勝とうと思ったのよ。それに睦月は進太の実の母よ。二人きりの家族だもの、いくら過酷な道でも二人で歩むべきだわ。睦月が家族を大切にしている限り、どんなことがあっても母子二人で生きるしかないと、あの時は思ったの。でも今は違う。睦月は子供より野心を取った。進太を捨てて夢を拾ったのよ。家族を解体した睦月にとって、進太はただの邪魔者だわ。進太はまだ幼すぎる。小学校一年生の子供が誰の家族にもならずに生きていくことはできない。少なくとも、鉱山の町に行けば家族がいるわ。Mの言うように、進太のことを一番に考えるなら家族を捜してやってから言うべきよ。幸い、私はMの家族になれたから生きてこれたわ」
勝手な論理が祐子の織りなす布のように流れ出た。自分の言葉に陶酔した祐子は泣くのも忘れ、ひたすらMを責め続けた。

「ひょっとして祐子は、私に進太を引き取れと言うの」
祐子の紡ぎ出す言葉が途切れたとき、静かな声でMが尋ねた。祐子は答えず、じっとMの目を見た。断固とした答えに出会い、Mは目を反らして窓の外を見た。暗い夜空に遠く稲妻が光った。
「Mが決心してくれれば、私はどんなことでもする。でも、Mが踏み切れないのなら、捨てられた進太をひろってくれる家族が鉱山の町にあるわ」
つぶやくように祐子が言って口をつぐんだ。Mは溜息を押し殺して立ち上がる。

「祐子の気持ちは分かったわ。陶芸屋には私が事情を説明する。私は、今の進太には睦月が必要だと確信しているわ。明日の午後、陶芸屋が訪ねてきたら、すぐ私に電話をちょうだい。もちろんナースも来るんでしょう」
「ナースは来ないわ。小父さんは陶芸をやめたって言ったわ。ナースが看護婦に復職して暮らしを支えているらしい。とても忙しくて、来られないと言っていたわ」
「そう」
Mは上の空で答えて玄関に向かう。陶芸をやめたという陶芸屋がイメージできなかった。

「大久保さんって、祐子にお似合いだったね」
靴を履きながら祐子を見上げ、さり気なく声を掛けた。大久保のことで生じた気詰まりを解いておこうと思ったのだ。
「ええ、私には大切な人よ。でも、彼にとって私は違う」
にべもなく答えた祐子の声に悲しさが溢れた。Mは自分のことも同時に言われたような気がして、背を向けてドアを開けた。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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