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11.祭り(2)

Mは午前11時に織姫通りを車で往復した。これが祭りの最終チェックになる。正午からは織姫通りが車両通行止めになり、3日間の八木節祭りがスタートするのだ。相変わらず空は良く晴れ、空気は灼け付くように熱い。コンクリートの電柱にとまったセミが頭上から暑苦しい鳴き声を落としている。通行止めを一時間後に控え、織姫通りを通行する車両は少ない。通りの両端の歩道から路上に、巨大な笹飾りが交互に垂れ下がっている。赤や黄、青、金や銀の原色を散りばめた吹き流しやくす玉の重みで、太い竹がたわわに曲がっている。オープンにしたMG・Fから手を伸ばせば七夕飾りを掴めそうだ。通りの左右に軒を連ねた露店では、様々な格好をした若い露店商が商売の支度に余念がない。各町会ごとに組まれた八木節の櫓は、道路の中央に押し出される時刻を今や遅しと待っている。日が落ちれば、この櫓を囲んで幾重にも八木節踊りの輪ができる。すでに街は祭り一色に染まっていた。

Mは織姫通りの準備に遺漏がないことを確かめてから、煉瓦蔵の前に車を止めた。閉められた鉄扉の間から広場の舞台が見える。舞台は青いビニールシートで覆われている。連日の雷雨に備え、公演が始まらなければセットは姿を現さない。芝居の幕は午後7時30分に上がる。思わず山地の方角を見上げると、もうすでに巨大な積乱雲が立ち上がっていた。この分では早い夕立が予想される。宵のうちの降り上がりを、Mは祭りの成功のために願った。

スニーカーの中に汗が溜まってしまうかと思えるほど、剥き出しの足を汗が流れる。Mは車をスタートさせ、天満宮の前で左折して山手通りに入る。MG・Fをアパートに駐車し、自転車に乗り換えるつもりだ。ついでにシャワーを浴び、Tシャツも着替えたかった。しかし何よりも、昨夜から食事もしようとしない陶芸屋のことが気になる。昨日、陶芸屋は病院で後頭部の手当をした後、睦月のアパートで進太の帰りを待った。出血に驚いた割には、幸い傷は軽傷だった。進太が帰らぬまま夜中になり、疲れ果ててMの部屋に戻って来た。その後も陶芸屋は、まんじりともしないで睦月の電話を待っていた様子だった。朝から憔悴していた顔が目に浮かぶ。

Mが部屋のドアを開けると、玄関の前に陶芸屋が立ちつくしている。真っ赤に充血した大きな目で力無くMを見つめた。
「進太が来るかと思って、じっとしていられないんだ。なあM。進太はどこで夜明かししたんだろう。俺は心配でならない。夏なのが唯一の救いだ。これが冬だったら、俺は一晩中進太を見付けて歩くよ」
進太を見付けて歩かないMを、なじるような声で陶芸屋が愚痴をこぼした。部屋の窓は開け放してあるが、クーラーは入れていない。蒸し暑さがMの気力を奪う。Mは返事も返さぬまま部屋に上がり、エアコンのスイッチを入れて窓を閉めた。その場で素っ裸になりバスルームに駆け込む。冷たい水を頭から浴びると、やっと人心地がついた。全身から滴をしたたらせたままキッチンに行き、冷蔵庫を開ける。朝用意して置いたソーメンを取り出し、2人分テーブルに並べた。

「さあ、陶芸屋も食べなければだめよ。夜になって芝居の公演が始まれば、進太は煉瓦蔵に来るわ。絶対に来る。それまでに体力を付けておかないと、また進太に逃げられるわ。後7時間しかない。さあ早く食べて、横になって昼寝しなさい」
Mが明るい声で呼び掛けると、陶芸屋が目を輝かせて食卓に着いた。

「そうか、今夜は睦月の芝居があった。そうだ、進太は必ず来る。M、ありがとう。やっと一安心できた。よーし、俺も食うぞ」
陶芸屋の元気な声が部屋に響いた。進太が今夜、煉瓦蔵に現れることだけは確実だと誰もが思う。ただし、その後の推移は誰にも予測はできない。だが、陶芸屋の希望は大きく羽ばたいていった。Mは味気なくのびてしまったソーメンを無理に喉に流し込む。陶芸屋はうまそうにソーメンを啜り、だし汁のお代わりまでした。憔悴しきっていた顔が嘘のようだ。食事が終われば、いびきをかいて眠るかも知れない。再び暑熱の街に出て行かねばならないMは、羨望のこもった目で陶芸屋を見つめた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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