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7.稽古(5)

ひときわ鋭く稲妻が闇に走り、轟音が続いた。Mの鼻孔に甘酸っぱいにおいが漂ってくる。近くに雷が落ちたらしい。Mは肩をすくめて空を見上げた。天からぶちまけたような雨で、まるで顔を洗っているようだ。男と女の生業もこのくらいにしてもらおうと、気掛かりだったクスノキの根元を見つめた。太い根元の陰でMに背を向け、白く小さい影が雨に煙っている。身体を固くしてうずくまり、母の痴態に見入る進太の後ろ姿だ。来たときから気付いていたが、ありのままを見ることが進太にとって最上の道だと、その時Mは判断したのだ。たとえ睦月と沢田から三メートルと離れていない場所であっても、見ようと決心したことは子供でも一切を見るべきだった。突然、白い影の手元で何かが稲妻に反射して鋭く光った。ナイフという言葉がMの口元まで突き上がってきた。光の加減から見てカッターナイフに違いない。万一人を刺したとて軽傷しか与えられない刃物だったが、Mは素早く自転車をこぎ出した。でも、Mのいる距離ではもう進太を止めることはできない。

睦月と沢田の営みも、ようやくクライマックスを迎えていた。二人が官能を極める叫びが、恥ずかしげもなく雷鳴と混ざり合う。後ろ手に合掌して縛られた睦月の手が激しく宙をつかんだ。進太の白い影がクスノキの根元から立ち上がる。大股に二歩、前に踏みだし、小さな身体を真っ直ぐ伸ばした。怒らせた肩先を非情な雨が打つ。

「バカヤロウ」
かん高い叫びと共に、進太はコンクリートの地面にカッターナイフを叩き付けた。足元で小さな水しぶきを上げ、貧相なナイフが跳ね上がった。睦月の裸身に被さっていた沢田が、はじかれたように立ち上がる。進太はすごい勢いで回れ右して一目散に駆け出した。Mの自転車と擦れ違っても何の反応もない。固く両目をつむって下を向き、一心に走る。痩せた身体に、濡れた服がべったりと張り付いていた。

「あっ、Mさん。来てくれたのか」
自転車で駆け付けたMを見て、沢田が間の抜けた声を上げた。萎びたペニスの先から雨水が流れ落ちている。今さら悪びれもせず、腰を屈めてズボンを上げた。睦月は後ろ手に緊縛されたままで自由が利かない。相変わらず地面に這いつくばったままだ。さすがに高く掲げていた尻を落としたので、雨の中のカエルのように見える。地面に押し付けた顔が屈辱と憎悪で歪んでいた。恥辱に赤く染まった肌で雨の滴が蒸発してしまいそうだ。何気ない素振りでMは自転車を降り、睦月の後ろに屈み込んだ。雨で濡れて固くなった縄目を苦労して解く。

「素晴らしい演技だったでしょう」
背中からとぼけたバスが聞こえた。Mが振り返ると、真剣な顔で沢田が答えを待っている。
「そうね、いいセックスだったと思うわ」
冷ややかな声で答え、睦月の裸身に手を添えて立ち上がらせる。
「セックスの話じゃない。僕は睦月の演技のことを聞いている」
「良かったんだと思うわ。睦月の息子が見つめ続けたあげく、セックスの落とし前も着けずに逃げ帰ったくらいの迫力はあった」

答えたとおり、凄まじい演技だったと思う。確かに進太は、睦月の迫真の演技に免じてナイフを捨てたのだと、改めてMは感じた。落とした視線の先で、刃の欠けたカッターナイフが小降りになった雨に打たれていた。
「睦月、進太に演技から見てもらえて幸いだったわね。もうすぐ雨も上がるわ。一緒に帰って進太の話を聞きましょうよ」
目に入った雨を片手で拭って、Mは睦月に優しく声を掛けた。

「M、誰に物を言ってるの。私は女優よ。Mに命令されるゆえんはない」
鋭く言い切った睦月は、ぐっしょり濡れた裸身をそびやかせて胸を張った。股間に張り付いた薄い陰毛がやけに惨めに見える。
Mは黙ってうなずいて自転車にまたがった。母と子の問題は母と子で解決するしかないのだ。たとえ奥深くまで介入したとしても、Mは一人の他人に過ぎなかった。ただ、行く場をなくして苦しむ進太の胸中を思うと、何もできぬ自分が悔しく悲しくてならなかった。
プロフィール

アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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