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7.稽古(2)

「ママが打たなくなったらMが打つ。僕はどうしたらいいんだ。もう、分からないよー」
小さな肩を震わせて泣きながら、鼻を啜って訴える。シャワーを浴びて汗を流したMの裸身に、また大粒の汗が噴き出す。蒸し暑さが全身を包み込み、頭全体が混乱した。
「進太、どうしたの。興奮することはないわ。小学校一年生がビールを飲んでるのでは、打たれて当たり前よ。今夜の進太は変よ。何を悪ぶってるの。テレビに出てくる不良のような言葉を使ってはだめ。睦月なら泣いたぐらいでは済まさないわよ」
いくらか落ち着いた声でMが諭したが、進太の返事はない。相変わらずMの裸身に小さな身体を埋めて泣きじゃくっている。

「ママは、ママは、もう僕を打ちはしないよ。何をしたって無視するだけさ。僕はつらい、つらいんだよー」
泣きながら切れ切れに訴える進太の言葉から推察すると、どうやら睦月は子育てに関心を無くすほど芝居に熱中しているらしかった。沢田の顔が急に目に浮かんだ。聞き慣れたバスが耳元を掠める。実際の沢田の声とは違って心地よいセクシーな響きだ。進太の胸が押し付けられた下半身の奥で、いきなり熱い小さな火が点ったのが分かる。

ひとしきり泣きじゃくってから、進太がようやく話し始めた。
「ママがいつも知らんぷりだから、今夜は僕、思い切ってテーブルをひっくり返してやったんだ。でも、ママは叱りもしない。そんなことをしたら、立ち上がれなくなるほど折檻されたはずだよ。それが、じろっと僕の目を見ただけで、黙って煉瓦蔵へ出掛けてしまったんだ。僕、どうしていいか分からなくなって、何も食べずにMの家へ来た。ママにしたのと同じようなことをしたら、そうしたら、Mが初めて僕の頬を打った。やはり僕は、Mにだって打たれるほど悪いことをしたんだ。僕が今までと違ったわけじゃない。ママが変わってしまったんだ。いつも知らんぷりをして邪魔にするんだ。ママは今日、鉱山の町のお祖父ちゃんと、お祖母ちゃんに会いに行こうって誘ったんだ。僕を鉱山の町にやるつもりなんだ。僕は嫌だと言って泣いて断った。僕はママの所がいい。裸にされて折檻されても、僕が悪いんだからいくらでも我慢できる。僕はママと、ずっと一緒に居たい、居たいんだよー」
思いの丈を話しきったのか、進太は途端に身体の緊張が解けてMの足元に座り込んだ。裸身に縋り付いていた小さな熱い身体が離れ、剥き出しの下半身をエアコンの冷気がなぶった。頭の中の混乱は一層深まるばかりだ。

睦月の虐待を見るに見かねて、Mが進太を鉱山の町の祖父母に預けることを決心したのは、つい二週間前のことだ。それが、今度は睦月のほうで進太を手放したがっている。あれほど母に虐められ、母を怖がっていた進太が、泣きながら母を慕っている。思えば理不尽だけが進太の小さな身体を翻弄しているのだ。胸の底から悲しみが込み上げ、Mも泣いた。家族とは理不尽以外の何物でもない。その理不尽と、これまで無縁で生きてきた我が身も悲しかった。

「きっと、あいつのせいだ。あいつが、僕からママを取った」
進太がMの足元で、ふと冷たい声でつぶやいた。不気味なボーイ・ソプラノだった。Mの脳裏をまた沢田の姿が掠めていった。

Mはブラックジーンズと黒のタンクトップを着て、思い出したように啜り上げる進太を外に連れ出した。進太は白いTシャツに白い半ズボンを着ている。夏らしい、こざっぱりとした格好がMを落ち着かせる。二人連れ立ってコンビニエンス・ストアに向かった。進太の好物のスパゲッティ・ミートソースの弁当とウーロン茶を買い与え、アパートの前まで送っていった。

玄関ドアの前で別れるときになって、進太がMの顔を見上げた。目尻にこぼれた涙の粒が街灯の明かりにキラリと光る。
「M、家に寄っていってよ」
「ありがとう。でも、睦月がいるときに寄るわ。進太の気持ちも、その時睦月に話す。もうすぐ祭りよ。泣いてばかりいたらだめ、強くなるの」
陽気な声で進太に答え、Mは真っ直ぐ自分のアパートに向かった。背中に張り付いてくる進太の視線が針で刺されるように痛い。堪えきれずに空を見上げると、真っ黒に垂れ込めた雲の中で青白く稲妻が走った。遅れてゴロゴロという低い雷鳴が腹の底まで響いてきた。今夜も一雨降りそうだった。蒸し暑さが足元から這い上がってくる。

重い足取りでアパートの前まで来た。一階の駐車場に停めたMG・Fの横で、Mを待っていたように銀色の自転車が稲妻の光を反射した。リサイクル・ショップの店長に頼み、つい昨日納品になった五段切り替えのスポーツ車だ。中古で九千円と値が張ったが、ステンレス製のフレームを持つ輸入品だった。銀色に輝く車体を見ていると急に初乗りがしてみたくなる。左手首の白いホイヤーの時刻はまだ八時前だった。とても寝られる時刻ではなく心境でもなかった。缶ビールよりサイクリングを選ぼうと思った。
今にも降り出しそうな夜空が気になったが、日中の熱が残るハンドルを握り、自転車にまたがる。織姫通りの方角に向けて力いっぱいペダルをこいだ。煉瓦蔵に行って、睦月の特別稽古を見ることに決めた。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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