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6.八木節(5)

「あの舞台を、先生が認めてくれたんですか」
感に堪えた声で尋ねる呼称は、すでに先生に代わっていた。
「いいショーだったと僕は言った。あのままでいいんですよ。演技は僕が付ける。そして、出演してもらう以上、メルボルンで行われる国際演劇祭にも行ってもらう。予定どおりグランプリが取れれば、全国を回って凱旋公演をします。海外公演もするようでしょう。長い期間、付き合ってもらうことになる。そのことを理解した上で、ぜひ承諾して欲しい」
「出ます。ぜひ出演させて下さい。先生、出演させていただければギャラなんて要りません。ここにいるMに劇団の費用だって負担させます。ぜひ、出させて下さい」

とんだところで名前を出され、Mは辟易とする。沢田の顔にも当惑の表情が浮かんだ。だが、そんなことが眼中に入る睦月ではない。
「ねえ、M、聞いたでしょう。私が認められ、世界に羽ばたけるかも知れないのよ。資金は絶対出してもらうからね。用意するのよ」
先を続けようとする睦月を、沢田が怖い声で遮る。
「ギャラを出すと僕は言ったはずだ。睦月の役は重要な役だ。それなりの金額は当然支払う。Mさんには、劇団・真球は十分お世話になっているんだ。劇団の費用だなんてとんでもない。こちらが礼を言う立場だ」

沢田にたしなめられて睦月の態度ががらっと変わる。
「先生、済みません。Mには貸しがいっぱいあるものだから、つい私の替わりに先生の劇団に返させようとしてしまいました。お怒りにならずに、よろしくお願いします」
裸身同然の身体を喜びに震わせ、睦月が何度も何度も頭を下げた。沢田はおうようにうなずき、今夜の特別稽古から参加するように告げた。コンテスト出場までの丸一か月のギャラも二十万円に決まった。無名の新人にしては破格の額だ。今度の芝居に賭ける沢田の意気込みがMにも十分伝わってきた。

喜びにも慣れ、早くも鼻高々とした自負心を顔にのぞかせてきた睦月に送られ、Mと沢田は表に出た。発達した積乱雲が頭上を被っていて、外は夕方のように暗い。
「降りますね」
ポツンとつぶやいて自転車にまたがった沢田が、Mには急に大きく見えた。あれほど気に掛かっていた歯切れの悪いバスも心地よい。自分の表現に一切を賭ける、強引な男の匂いが鼻先を掠める。

ゴロゴロッ、ドッカーン

鋭い雷の音が耳の底に響いた。
「よく知りもしない睦月を入れてしまって、芝居も変えるという。沢田さんに不安はないんですか」
返ってくる答えを予期した上でMが尋ねた。
「不安はない。芝居は大きく羽ばたきますよ。僕が毎日、睦月に特別稽古をつけるんです。役は決まってるんだ。五日もあれば、Mさんの言ったように睦月は輝きだします。立ち稽古が始まる前に、Mさんもぜひ見に来て下さい」
自信に溢れたバスが響き、鋭い雷の音が消していった。
降り始めた大粒の雨が頬を叩く。進太はまだ帰ってこない。確かな力で沢田が自転車のペダルをこいだ。先を行く大きな沢田の姿をMの自転車が追った。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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