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10.面談(2)

進太はリビングの食卓でうつむいて座っていた。入ってきたMに縋るような視線を浴びせ、またうなじを下げた。陶芸屋には一瞥もくれない。Mはリビングの奥の二人掛けの椅子に陶芸屋を座らせ、その横に立った。
「さあ進太。お祖父ちゃんが迎えに来てくれたわ。早くご挨拶しなさい。きっとかわいがってくれるわ」
睦月が言って、座っている進太の頭を小突いて立ち上がらせた。両手で背中を突き、陶芸屋の前に押し出す。ふてくされた態度で従った進太の代わりに、睦月が食卓に座った。
「進太、照れていないで、お願いしますって、ちゃんと言うのよ」
実の息子の気持ちも推し量れなくなった睦月が、妙に機嫌のいい声を出す。声に促され、進太が初めて大きな目で陶芸屋を見つめた。憎しみのこもった冷たい視線だった。

「ねえ、お義父さま。大きな目から口元にかけては、死んだ修太と生き写しでしょう。私はいつも、見ていてたまらなくなったわ。男らしい気持ちもそっくりなのよ」
睦月がしんみりした声で陶芸屋に話し掛けた。睦月はいつも、心の赴くままに言葉を紡ぎ出す。じっと、まばたきもせず進太を見つめていた陶芸屋の耳を、睦月の言葉が打った。2メートル前に立つ少年は確かに、幼い修太が甦ったと見まがうほど生き写しだ。陶芸屋の喉元に熱いものが込み上げてくる。次々に喉に込み上げてくる感情の波が目に涙を溢れさせる。陶芸屋の口を声にならぬ叫びが突いた。不自由な身体が嘘のように、椅子から腰が上がり、立ち上がった。

「修太。進太」
息子と孫の名前を同時に口にして、陶芸屋は自由になる左手を大きく横に開いた。
「進太、俺と鉱山の町に行こう。お父さんの暮らした土地で一緒に暮らそう」
喘ぐように陶芸屋は言って、硬直した右足を引きずり、修太の思い出と合体した進太の前に歩み寄る。
Mの目の前で進太の震える足が一歩後退した。足の震えは全身に伝わり、身体全体が泣き出したように震えた。進太のすぐ前に、左手を突き出し、足を引きずった陶芸屋が迫る。

「死ね、鉱山の町なんかに誰が行く。お前なんか死んでしまえ」
憎悪に満ちた叫びを上げ、進太が頭から陶芸屋にぶつかっていった。渾身の頭突きを受けた陶芸屋の痩せた身体が後ろ向きに吹っ飛ぶ。今まで座っていた椅子に後頭部が当たり、鈍い音が響いた。
進太は無様に床に倒れた陶芸屋を、肩で息をしながら見下ろす。意外なくらい心は平静だった。床を汚した赤い血が鮮明に目に映った。慌てて陶芸屋に駆け寄ったMが何事か叫び、硬直した身体を抱き起こしている。視線を巡らして食卓の母を見る。睦月はぼう然とMと陶芸屋を見ている。大きく見開いた目に、たちまち失望の色が広がっていくのが分かった。部屋の中央に立ちつくす自分だけが、まるで別世界にいるような気がした。
「誰も僕のことは構ってくれない」
ふてくされた少年の声が進太の頭の中で響いた。これまで聞いたことのない低い声だが、自分の声に相違なかった。

「睦月、陶芸屋は頭を打ったわ。意識はあるけど、念のため、救急車を呼んで」
進太の耳に初めて他人の声が聞こえた。冷静なMの声だ。睦月の応える声がして救急車を要請する声が続いた。電話をかけ終えた睦月が進太の横に立った。進太は母の顔を見上げた。目と目が合う。睦月の目に特に感情はない。きっと僕の目もママと同じだと進太は思った。思った瞬間、口元に笑いが浮かんだ。睦月の右手が挙がり、力任せに進太の頬を打った。皮膚を打つ高い音が部屋を満たす。
「進太は馬鹿よ。黙って鉱山の町に行けばいいんだ」
低く押し殺した声が頬の痛みを耐える進太の耳を打った。
「ウルセイ、みんな、みんな、死んでしまえ」
大声で叫びながら進太が外に駆け出していく。妙に乾燥したボーイ・ソプラノの余韻がMの耳に残った。遠くから救急車のサイレンが近付いてくる。途端に蒸し暑さが甦り、全身から汗が噴き出してくる。
明日は祭りの初日だった。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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