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11.心を病む人(4)

壇原先生は僕が困惑する事実を口にしました。Mと呼ばれる別人がいたことさえショックなのに、妄想のMがいるというのです。何がなんだか分からなくなってしまいます。一瞬、僕が捜しているMも、妄想の産物ではないかと思ってしまいました。

「道子さんは、どんな物語を創り出したのですか」
先を促した声が震えてしまいました。先生がまた優しい目で僕を見ます。
「自分は、行方不明になってしまったMの隠し子だという妄想です。道子さんは、その妄想を思春期のころに創り出しました。恐らく祖父から聞いた昔話がヒントになったのでしょう。出自に関係した妄想の症例は、実に多いのです。天皇陛下の隠し子だと訴える患者は、大勢いますよ。この病院にもいます。道子さんの場合は、祖父が心配し尽くした弟夫婦の長女に、強い共感と嫉妬を持ったのでしょう。悪いことに、義寛は妻帯していません。道子さんには母がいない。行方不明のMを母に見なして、実際の母に見捨てられた悲しみと憎悪の妄想を育てていったのです」
僕の背筋を冷たい感情が走り去りました。悲しみはMにぴったりの言葉ですが、憎悪は不似合いです。

「Mに対する道子さんの憎悪が、先ほど会った女性を放火犯にさせたのですか」
聞きたくはありませんでしたが、恐る恐る尋ねてみました。
「そう。ここからは全くの想像で話しますが、あのお化け屋敷に放火したのは道子さんかも知れません。たまたま行き会ったホームレスをMになぞらえ、生まれる前から廃屋として残されていた、Mの象徴としての屋敷を焼き捨てたとも考えられます。Mに生家を焼かせることで、自分を見捨てた母に謝罪させたのでしょう。そして、今日、進太の話でMさんの実在が証明されました。今となっては、道子さんが、本当にMさんの隠し子だった可能性も、なくはありません」
壇原先生が恐ろしい仮説を提出しました。もし事実なら、道子さんの妄想は真実に変わってしまいます。僕は道子さんの義理の弟で、Mに向けられた道子さんの憎悪の正当性も証明されるかも知れないのです。喉元まで焦燥が込み上げてきました。

「僕は事実が知りたい。先生、真偽を確かめる方法はないのでしょうか」
居たたまれなくなった僕は、叫ぶように先生に縋っていました。僕を見つめる先生の目が一瞬、悲しい色に染まりました。でも、壇原先生は医師です。科学者の目に戻ってうなずきました。
「義寛が真実を知っています。義寛に会って事実を確かめるといいでしょう。Mを妄想の産物と確信していた私にも責任がある。義寛には、私から電話をしておきます」
決定が下りました。ここまで来ては断る道理がありません。全身に闘志がみなぎりました。別世界に住むMを捜し出してやりたいと思いました。若いころのMを彷彿とさせた道子さんの振り袖姿が目に浮かびました。異常な言動に振り回された、今朝方の情景が甦ります。しかし、義寛師と会えば、再び道子さんと会わないわけにはいかないような気がしました。

「先生、義寛師に電話する前に、道子さんと話す方法を教えてください。今朝会った印象では、言葉が通じそうにありません」
「ハッハハハハハ」
恐る恐る尋ねた問いに、先生が大笑いしました。
「精神病の患者を、むやみに怖がる必要はありません。道子さんの症状は薬でコントロールできます。きっと、薬を飲むのをサボっていたのでしょう。向精神薬と精神安定剤を規則正しく服用すれば、意識の緊張状態が軽減して、妄想の昂進を抑止できます。道子さんは、もう半年近く外来に来ていません。話が通じなかったのはそのせいですよ。義寛に会ったら、通院させるように言ってください」
自信に溢れた声で答えた先生が、ホッと一息ついて深々と椅子に座りました。落ち着きを取り戻した僕の様子を確認すると、隣りに座った晋介に声を掛けました。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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