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10.夕日のきれいな街(4)

「遅いじゃないの。道草はやめてよ」
突然、背後から大声が飛んできました。女性の声です。僕たちはぎょっとして振り向きました。振り向いたとたんに、僕は再びぎょっとしてしまいました。
「私の顔に何かついているの。不作法に見つめないでよ」
叱声が僕に飛びました。白地に牡丹を飛ばした友禅の振り袖を着た女性は、百七十センチメートルほどの長身です。歩道にすっくと立った誇らかな姿を見て、僕はMの出現を幻視してしまったのです。あたかも、若き日のMが出現したようなショックが僕の全身を駆けめぐりました。けれど、女性は当然Mではありません。二十代後半の美しさを振りまく女性は、甘える声で僕に呼び掛けました。

「さあ、遅れるわ。早く行きましょう。コンサートに誘ったのはあなたの方よ」
思わず周囲を見回してみましたが、僕たちの他に人影はありません。横にいる晋介は苦笑を浮かべて素知らぬ顔をしています。やはり、僕が呼び掛けられたようです。答えないわけにもいきません。
「いいえ、僕とあなたは初対面です。僕たちはこの土地を見せてもらっているだけです。人違いではないですか」
しどろもどろの僕の答えを、振り袖の女性は、首を傾けて聞いていました。疑わしさを露骨に表情に出しています。
「今度は観光客の振りをしようというのね。いいわ。付き合ってあげる。一体何を見せて欲しいというの。うちのお寺の本尊でも見せてあげましょうか」
「えっ、あなたは、あのお寺の方なんですか。それなら、ぜひ聴かせて欲しいことがあります。僕は進太、連れは晋介。怪しいものではありません」
うちの寺と聞いて、縋る思いで叫んでいました。晋介の吹き出す声が聞こえましたが、女性から目を反らすことができません。
即座に答えが返ってきました。

「お寺の道子に決まっているでしょう。また、悪い遊びを始めたのね。今度は寺の縁起でも聞き出したいのかしら。そっちの子は、なぜ笑ったの。失礼だわ。謝りなさい」
お寺の道子さんが、初めて晋介を睨んで叱責しました。僕も晋介に小声で問い掛けました。
「道子さんを知っているのかい。この寺の人だと言ってる」
「知らないよ。けれど、その道子さんは病気だ。伊東病院育ちの俺には分かる。進太さん、大概にした方がいいよ」
返ってきた答えは衝撃的でした。でも、僕と道子さんのちぐはぐな会話を説明するには十分な答えです。

「さあ、何が聞きたいのよ。早く言いなさい」
道子さんが追い打ちを掛けてきました。僕は進退窮まってしまいました。仕方なく質問を口にします。
「この焼け跡のいわれを知りたいんです。焼ける前に、だれが住んでいたのか教えてください」
道子さんが大声で笑いました。無造作に針金を潜って焼け跡に入ってきます。晋介がさり気なく身構えました。
「まあ、そんなことが知りたいの。教えてあげるわ。この焼け跡には去年の冬まで、お化け屋敷と呼ばれた空き家があったの。住んでいたのは寺の分家の大学教授一家よ。でも、それは半世紀近い昔の話。夫婦揃って飛行機事故でアメリカで死んでしまった。弟の突然の死に動転した兄の坊主が空き家にしておいたのよ。五年前に死んだ私の祖父。知ってるでしょう。進太にも会わせたわよね」
除籍謄本に記載されていた事実が次々に語られました。僕は名を呼ばれたことも気付きませんでした。慌ててMのことを尋ねます。
「その教授には娘がいたはずです。娘はどうなったのですか」
「Mのことね」
道子さんが素っ気ないくらい簡単に、Mの名を口にしました。僕は一歩前に踏み出して先を促しました。
「Mは幼いころに行方不明になってしまったというわ。祖父もずいぶん捜したけれど、無駄だったらしい。でも、生きているのよ。私は知っている。恐ろしいわ」
僕の背筋を再び衝撃が走りました。すべてが現実に符合しているのです。
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Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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