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6.海炭市へ(4)

「へー、わりと都会的だ。路面電車が走ってる。レトロだよね」
闇の中でスパークする架線の火花を見上げて、晋介が叫びました。
僕たちも晋介も、宿の予約はしてありません。今夜の宿は駅前のビジネスホテルに決まりました。ツインとシングルの部屋を頼んで、僕と晋介が同じ部屋に泊まることにしました。
祐子は晋介のことを無視しています。しかし、同行することに文句は言いません。明朝の、霜月との再会に気持ちが行っているのでしょう。僕には好都合です。ナーバスな祐子の相手をまぬがれるうえ、愉快な晋介と一緒の部屋に泊まれるのです。

部屋に通る前に、祐子の指示で、ロビーで予定の確認をすることにしました。小さなテーブルを挟んで僕と晋介が、祐子と向かい合います。不満顔の晋介が、真っ先に口を開きました。
「まず、飯だよ。進太さん、イカソーメンと味噌ラーメン。俺は腹が減って、死にそうなんだ。さあ、街に出ようよ。予定の確認なんて、食べながらでもできる」
晋介らしい健康的な提案です。僕も空腹感が込み上げてきて、即座に同意したくなりました。祐子が僕を見つめて、首を左右に振ります。

「進太、明日は、霜月と弥生のお父さんに会うのよ。土地の人たちが自慢する夜景を見ておいた方がいいわ。Mも、見たかも知れない。美しい夜景を見てから、私は弥生の所に行きたいの。ねえ、進太、行きましょう」
僕を誘う祐子の声には、感傷的な響きがありました。特に夜景という言葉がくせ者です。海峡に面した標高三百八十九メートルの山頂から望む海炭市の夜景は、全国的に有名です。しかし、祐子の心を捕らえているのは、甘美な死のイメージに相違ありません。Mの名を出されたとしても、たやすく共感者に仕立て上げられるわけにはいきません。完璧に晋介を無視した態度も、自分の世界にこもっていたい願望を証明しているようで鼻につきます。

「僕も、腹が減っているんだ。晋介と食事してくる」
無愛想な声で答えていました。さみしそうな目で、祐子が僕を見ました。
「決まったね」
晋介の勝ち誇った声が響きました。祐子が眉をひそめて席を立ちます。
「いいわ、あなたたちは食事に行けばいい。私は一人で夜景を見る。デリカシーのない人と、夜景なんか見たくないわ。でも、明日の朝は六時に、漁から帰った霜月と会うのよ。いいわね、忘れないで。ちゃんと起きるのよ。私と進太は、写真コンテストを見に来たのではないわ」
厳しく言い残して、祐子は自分の部屋へ向かいました。
「やっぱり、ヒステリーだ。霜月っていうのは別れた彼氏なのかな。未練がましいな」
晋介が大きな声でつぶやきました。祐子の名誉のために、僕は霜月や弥生、そしてMの話を晋介に話すことにしました。
たっぷり、一時間はかかってしまいました。もう腹ぺこです。

駅の横手に広がる市場の迷路にある店で、僕と晋介はイカソーメンを食べました。不思議な味の名物は、Mがシェリーを片手に食べるのがふさわしい料理でした。若い僕たちの口には合いません。
そうそうにラーメン屋に入り直しました。さすがに本場物の味噌ラーメンは腰があっておいしいものです。煤ぼけたカウンターで食べる味は、また格別でした。午後八時半を回った店内は空いています。同じカウンターの隅に、高校生に見える二人連れの男たちがいるだけです。さっと店内を見回した晋介が、ウエストバックからショート・ピースの箱を取り出しました。両切りの煙草を一本抜き取り、口にくわえて、シルバーのジッポーで火を点けます。カシーンと金属音を響かせてジッポーの蓋を閉めると、気持ちよさそうに白い煙を吹き出しました。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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