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11.心を病む人(3)

「進太が、ここへ来た目的は一つです。真っ先にMさんと会ってもらおう。それで、いいですね」
重々しい声でした。もう手遅れです。気持ちの整理が着かないまま、Mを捜す旅の最終局面を迎えるのです。震えそうになる身体を押し止めて、大きくうなずいていました。
壇原先生がインターホンのスイッチを押し、Mを連れてくるように指示しました。僕は固唾を呑んでドアが開かれるのを待ち構えます。様々な思いが去来しましたが、別れたときのMの姿を一心に思い浮かべようと努力しました。ドアがノックされます。
「どうぞ」
明るい声で先生が答えました。
僕は目をつむりたくなる気持ちを押し殺して立ち上がり、大きく開かれた入口を見ました。看護婦の後ろに小さな人影があります。Mと少しも似ていない女性が立っていました。しいて言えば、同年齢と思えただけです。一瞬のうちに緊張の糸が切れてしまいました。崩れるようにソファーに座り込んだ僕に、先生が穏やかな声で尋ねました。

「納得したかね」
すぐに返事ができず、ぼう然としていた僕の心に空しさが込み上げてきました。力なく先生を見ます。
「はい、僕が捜しているMとは別人です」
答えた声が上擦っていました。迷い道に踏み込んでしまったような気がしました。Mの本籍地にMがいて、そのMは別人なのです。頭を抱えたくなります。
「ご苦労様、戻っていいですよ」
先生が、別人のMと看護婦に声を掛けました。ドアを閉めて二人が去っていきます。壇原先生が僕の目を見て口を開きます。憐憫という言葉が僕の脳裏に浮かび上がりました。

「やはり、別人でしたね。でも、あの女性は、ここではMと呼ばれています。火災のショックで記憶を喪失し、失語症になってしまったのです。警察の調べでは、火事の一週間前から寺の境内に住み着いていたホームレスらしい。通報者の道子さんの証言のとおり、Mと呼んで、伊東病院で医療保護をしています。ついでに言っておくと、火災の原因はMの放火だと、道子さんは言っています」
僕を慰めるように、壇原先生が去っていった小柄な女性の立場を説明してくれました。しかし、事件の起きた場所はMの本当の本籍地なのです。どうして別人のMがあらわれてしまったのでしょう。幾分冷静になった僕の脳裏に、衝撃がもたらした様々な疑問が浮かび上がってきました。

「僕たちの市に、Mのことを問い合わせなかったのでしょうか。放火の容疑は重大でしょう。市役所で見た除籍には、結婚したMの新戸籍が記載されていました。Mと僕が暮らしていた蔵屋敷と同じ地番です」
身近な疑問を真っ先に尋ねてみました。
「そう、今となっては問い合わせた方がよかったと思います。でも、道子さんの父が、あの女性をMと認めたのです。警察は容疑者をMさんと確定し、処分保留のまま入院させることに決めました。放火といっても、お化け屋敷と呼ばれた空き家が燃えただけで、被害届も出ていない。証人は道子さんだけです。他に目撃者はいません。正直に言うと、実際にMさんが放火したかどうかも、疑わしいものです」
答えはすぐ返ってきました。
僕の養母である、本物のMは、完璧に無視されていたのです。そして、別人のMを創り上げたのは、目撃者として証言した道子さんに他なりません。その道子さんの証言を、壇原先生は疑っているのです。道子さんを病気だと断言した、晋介の言葉が甦りました。慌てて問い返します。

「先生、晋介は道子さんが病気だと言うのですが、先生の患者なのですか。そうなら、詳しいことをぜひ聴かせてください」
僕の問いにすぐ返事は帰ってきません。再び腕組みをして、しばらく考えていた先生が、ようやく重い口を開きました。
「患者のプライバシーが問題になりますが、今朝方、進太に道子さんが話したという、焼けたお化け屋敷の歴史は真実です。進太は道子さんと面識があるし、二人は戸籍上の親戚にあたります。Mを巡る問題の当事者同士なのだから、知る権利もあることにして、簡単に話すことにしましょう。道子さんの父にあたる、坊主の義寛は私が高校生の時の同級生です。娘の奇矯な言動に手を焼いた義寛に頼まれて道子さんの診療を始めたのですが、残念ながら、道子さんは古い発病の精神病でした。道子さんの無意識は、なんらかの契機で幼児期以前に分裂してしまっています。引き裂かれた無意識は、日常的な意識の領域に強烈な衝撃を与えるのです。絶え間ない緊張に耐えかねて、無意識に連動して分裂しようとする意識の平衡を維持するために、妄想が生まれました」

「待ってください。道子さんの妄想とMの間に、どんな関係があるのですか」
難解な説明についていけず、口を挟んでしまいました。先生が柔和な笑みを浮かべて僕の目を見ました。小さくうなずいてから、ゆっくり、噛み砕くようにして話を続けます。
「Mという存在が妄想なのです。私は、五歳以降のMが生存しているとは思いもしなかった。道子さんが産まれたのは、Mが行方不明になってから二十年も後のことです。当然、Mというのは、道子さんが創り出した妄想に過ぎない。だから、進太の話してくれた現実のMさんのことを聞いて、正直言って、今日は驚きました」
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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