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10.夕日のきれいな街(5)

「何が恐ろしいのです。生きているMに会ったのですか」
「会ったわ」
不安定な声が落ちました。
「えっ、いつ、どこで、Mは何をしたのです」
道子さんの間近に迫り、大声で畳み掛けていました。道子さんは黙って僕の目を見つめました。吸い込まれてしまいそうなほど澄みきった目をしています。真空の色を見た思いがしました。背筋に寒気を感じると同時に、妙に低い声が耳を打ちました。
「去年の年末。ここで、Mは狂っていた。自分の家に火を点けて焼き尽くしたわ」
「ウソダッ」
反射的に叫んでいました。
「ハハッッハハハハハ、嘘だと思うなら伊東病院に行け。Mが入院している。会って確かめたらいい。コンサートに行くのはその帰りでもいいわ」
狂気を秘めた笑いが僕を打ちのめしました。道子さんは高らかに笑いながら身を翻し、振り袖の裾を乱して寺の方に駆け去っていきます。真っ白なふくらはぎが目の底に焼き付きました。若いMの姿がダブって見えます。
「進太さん、俺の言ったとおりだろう。あの人は病気だ。みんな嘘っぱちさ」
晋介が僕の肩を叩いて、慰めるように言いました。しかし、道子さんの話は僕の知っている事実と符合しすぎています。何よりも、Mは道子さんの言った時期に僕たちから身を隠したのです。確かめないわけにはいきません。
「伊東病院に案内してくれよ。Mが入院していなければそれでいいんだ」
晋介を振り返って力無く頼みました。不安そうな顔で晋介がうなずきます。
「よし。まず、壇原先生に電話してみる。無駄足になるのもしゃくだろう。ちょっと待っていてよ」
再び元気な声で答えた晋介が、百メートル先にある公衆電話に走っていきます。僕は焼け跡に立ち尽くしたまま、後ろ姿を見送りました。
電話ボックスに入った晋介がしばらくして出てきました。肩が落ちた力無い様子が事実を告げています。

「いたよ。入院していた。Mという名の中年の女性は、壇原先生の患者だ。しかも、身寄りがない。家族がいるなら、すぐに会うと先生は言った。進太さん、どうする。行ってみるかい」
晋介の声が、いつになく陰鬱に聞こえました。Mは伊東病院に入院しているのです。事実を聞いたとたんに、膝ががくっと折れてしまいました。全身の力を振り絞って立ち上がります。
「行くしかないよ。Mに会うんだ」
喉を振り絞って答えた声が、やけに悲壮に響きました。晋介が眉をひそめて僕を見ます。僕は無理に笑顔を作り、晋介と自分自身に答えました。
「だいじょうぶ。心配は要らないよ。火事が絡んでいたって、海炭市の時みたいに殺し合いが始まるわけじゃない」
陳腐なことを言って笑ってみましたが、笑い声がでません。人型に燃え上がった校長さんの死の姿と、紅蓮の炎を上げて焼け落ちるお化け屋敷のイメージが目の前に広がります。
一瞬、晋介の顔が、苦悩でゆがんだように見えました。しかし、晋介はすぐ横を向いてしまい、市道を走るタクシーに両手を振って乗車の合図を送りました。

僕はMと、再会します。
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アカマル

Author:アカマル
http://prima-m.com/
官能のプリマ全10章
上記サイトにて公開中。

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